ホーカー屋台の後継者問題——世界遺産の陰で消えていく味
UNESCOに登録されたシンガポールのホーカー文化。しかしその担い手は急速に高齢化している。後継者がいない理由、後継支援策の現実、そして「味の継承」という難題を掘り下げます。
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ある有名なチキンライス屋台に、息子は来ない。
毎朝4時に仕込みを始める父親は70代。客は30年来の常連と、その話を聞いて来た観光客。だが息子はIT企業に就職して、もうここへ戻る気はない。
ホーカーが世界遺産になった日
2020年、シンガポールのホーカー文化がUNESCO無形文化遺産に登録された。シンガポール政府が長年働きかけてきた成果で、国民的な喜びがあった。観光資源としての価値も上がった。
ただ、このニュースに複雑な表情を見せるホーカー自身も少なくなかった。「文化遺産と言われても、後継者がいなければ消えるだけ」という本音が、業界内にはある。
なぜ子どもたちは引き継がないのか
理由は単純だ。きつい、安い、休みがない。
早朝からの仕込み、炎天下に近い厨房環境、昼のピーク対応、夕方の片付け。一日12〜14時間労働が普通で、休日はほぼない。それで得られる月収は、熟練したホーカーでも3,000〜5,000SGD(推定)程度とされる。シンガポールの大卒初任給が3,500〜4,500SGD(推定)であることを考えると、教育を受けた世代が屋台を選ぶ動機は薄い。
親世代が子どもに「自分と同じ苦労はさせたくない」と言い聞かせて育てた結果、子どもたちは別の道へ進んだ。それは親の望みどおりでもある。
後継者支援制度の現実
政府はこの問題を認識しており、いくつかの支援策を打ってきた。若者向けの「ホーカー起業支援」として、SFA(Singapore Food Agency)が家賃補助つきの屋台枠を提供している。「ホーカープログラム」と呼ばれるメンタリング制度もある。
ただ、課題は「制度」ではなく「動機」にある。補助があっても、基本的な労働条件は変わらない。入ってくる若者の数より、引退する高齢ホーカーの数の方が多い状況は続いている。
「味の継承」という問題
仮に後継者が見つかったとしても、「同じ味」を引き継ぐことが極めて難しい。
多くのホーカー料理は、レシピが文書化されていない。「目分量」「感覚」「経験」で蓄積されたもので、何年もかけて体に染み込んだ技術だ。2〜3ヶ月のメンタリングで習得できるようなものではない。
特にラクサのスープ、チリクラブのソース、ハイナンチキンライスの炊き方などは、調理者の微細な判断の積み重ねでできている。「同じ材料、同じ手順」でも、同じ味になるとは限らない。
変化してきたホーカーの客層
かつてホーカーセンターは「安く食べられる場所」だったが、近年は様相が変わってきた。
有名店には行列ができ、値段も上がっている。一部の人気ホーカーは価格を6〜8SGD台(推定)に設定しており、もはや「庶民の安飯」とは言い切れない水準になりつつある。メディアに取り上げられたり、ミシュランのビブグルマンに選ばれたりすることで、需要が集中する構造が生まれた。
高くなった屋台と、依然として安いままの屋台が混在している。価格の二極化はホーカー文化が「観光資源」と「生活インフラ」に分裂しつつある証拠かもしれない。
消えていく前に食べておく
「ホーカー文化が消える」という言い方は大げさだとしても、特定の味やスタイルが少しずつ失われていくことは事実だ。先代が守り続けた屋台が閉まるたびに、何か具体的なものが消える。
世界遺産の看板は残っても、味は残らない。継承されたものだけが次の世代に渡る。
今週末、近所のホーカーセンターへ行くなら、長く続いている屋台の前に立ち止まってみてほしい。注文するときに、その人が何年やっているかを聞いてみてもいい。