Kaigaijin
海外在住日本人のメディア
文化

ホーカーストールの後継者問題と廃業危機

シンガポールのホーカーセンターが抱える後継者不足と廃業危機。ユネスコ無形文化遺産に登録された屋台文化の現実と、政府の取り組みを解説します。

2026-04-24
ホーカーセンター食文化後継者問題シンガポール文化

この記事の日本円換算は、1SGD≒115円で計算しています(2026年4月時点)。

毎朝チキンライスを食べ、昼にラクサをすすり、夜はサテーで缶ビールを飲む。シンガポールのホーカーセンターはそういう場所だ。2020年にユネスコの無形文化遺産に登録されたが、その裏で後継者不足と廃業の波が静かに広がっている。

ホーカーストールの経営実態

ホーカーストールのオーナーの多くは60〜70代。長年にわたって同じレシピを守ってきた職人気質の高齢者たちだ。問題は、その仕事を引き継ごうとする若者が極端に少ないこと。

理由は明確だ。早起き・重労働・低収入の三拍子がそろっている。朝5時に市場で食材を仕入れ、6時には仕込みを始め、ランチタイムのピークが終わる午後2時頃まで立ちっぱなし。月収は平均的に2,000〜3,000SGD(約23〜34万円)程度とされており、同じ労働時間で事務職に就いた方が稼げるケースも多い。

政府の後継者育成策

ネショナル・エンヴァイロメント・エージェンシー(NEA)は、後継者問題への対策としていくつかの施策を打ち出している。

ホーカー文化プログラム(HCP):ホーカーになりたい人向けの研修プログラム。2013年から始まり、ストール賃料の補助やメンタリングを提供する。2024年時点で毎年数十人が修了している。

ライセンス制度の緩和:従来は厳格だった衛生・営業許可の要件を一部緩和し、新規参入のハードルを下げる方向で調整が続いている。

賃料補助:NEAが管理するホーカーセンターでは、新規参入者向けに最初の数年間の賃料補助が設けられているケースがある。

廃業したストールの「空白」

それでも廃業は止まらない。人気だったチキンライスやカレーラクサの老舗が「店主の引退」で突然閉店するニュースは、ローカルメディアでも定期的に取り上げられる。

閉店したストールに新しいオーナーが入る場合、レシピは引き継がれない。「あの味」は完全に消えてしまう。これをシンガポール人が嘆く文脈は、日本の老舗廃業を惜しむ感覚と重なる部分がある。

在住日本人の視点から

ホーカーセンターは外食費が安く抑えられる場所として、生活コスト高のシンガポールで重宝される。チキンライス1皿3〜5SGD(約345〜575円)という価格は、家賃や物価の高騰とは対照的だ。

このコスト感が維持されるかどうかも、後継者問題と無関係ではない。新規参入オペレーターが増えれば価格競争が生まれるが、職人系の老舗が消えると「本物の味」は失われる。シンガポール政府が文化と経済の両面でこの問題を重く見ているのは、そういう理由からだ。

コメント

読み込み中...