ホーカー文化の後継者危機——ユネスコ登録の翌朝に何が変わったか
シンガポールのホーカー文化は2020年にユネスコ無形文化遺産に登録された。しかし屋台を継ぐ若者は増えていない。登録が「保護」になるとは限らない理由を、現場の経済から読む。
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ユネスコに登録されたからといって、屋台が守られるわけではない。
2020年12月、シンガポールのホーカー文化がユネスコ無形文化遺産に登録された。政府はこれを誇りをもって発表し、メディアは「世界が認めた」と報じた。ところが現場のホーカーセンターでは、高齢化した調理師が今日も一人で鍋を振り、隣のスタンドには「SOLD OUT / CLOSED」の貼り紙が残ったままになっている。
後継者がいないのだ。
屋台を継ぐのは「割に合わない」
ホーカーセンターのスタンドを運営するには、早朝4時から仕込みを始めて午後2時まで立ちっぱなしで調理し、売り上げの一部をホーカーセンターの管理組合に家賃として支払う。月の純利益は、場所や時間帯によって異なるが、繁盛店でもSGD 3,000〜5,000(推定)に届かないケースが多い。
同じ労働時間をオフィスやサービス業に使えば、シンガポールの最低賃金水準(SGD 1,600前後)でも生活は安定する。体への負担は比較にならない。
40代以下で屋台を継ぐことを選ぶ人は、家族から「なぜそんな仕事を」と言われることも珍しくない。シンガポールの教育熱は高く、親が子どもを大学まで送り出した後に「屋台を継いでほしい」と頼む例は減っている。
ユネスコ登録が「価値の転換」を起こせるか
登録によって何かが変わったかというと、観光客の注目は増えた。チキンライスの名店にはより長い行列ができ、観光ガイドが「本物のローカルフード」として紹介するようになった。価格も少しずつ上がっている。SGD 3だったチキンライスがSGD 4になり、SGD 5になった。
ただ、これは後継者問題の解決にはつながらない。
価格が上がれば利益は改善される。だが、屋台の仕事がきついという本質は変わらない。ユネスコの看板が増えても、深夜から始まる仕込みの重労働が軽くなるわけではないからだ。
NEAの「ホーカー養成制度」
シンガポール国家環境庁(NEA)は、ホーカー文化の継承策としていくつかの取り組みを進めている。既存の屋台主が引退前に後継者に技術を教える「師弟制度」や、政府補助付きでスタンドを取得できる「ホーカー発展プログラム」が代表例だ。
参加者数は年々増えており、若い世代が「カルチャー事業」として屋台に参入する事例も出てきた。チキンライスではなく、創作ホーカーフードでInstagramに投稿しながら経営する形だ。
ただしこれは、伝統的なレシピを次世代に伝える後継者問題とは少し別の話でもある。「SNS映えするホーカー」は増えても、50年続いた老舗の味が同じ形で引き継がれるかどうかは別問題だ。
消えてはじめて「あった」とわかる
ホーカーセンターの一角に、何年も同じメニューを出し続けている老夫婦の屋台がある。常連客は朝7時から並ぶ。価格はSGD 2台と市場の中では安い。夫婦は「引退したら閉める」と言っている。
後継者を育てようとしたが、体力的な問題もあり断念したという。
観光客に「本物のシンガポール」を見せる場所として存在しながら、その「本物」が消えかけている。ユネスコへの登録は、残すべきものを世界に向けて宣言した行為でもあるが、経済の現実がそれを上回る速度で動いている。
シンガポールが50年かけて育てた食文化が、次の50年も続くかどうか。答えが出るのは、それが消えてからかもしれない。