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HDBタウンの設計思想——公営住宅が「コミュニティ」を作れる理由

シンガポール人口の約80%が暮らすHDB(公営住宅)。その設計は単なる住居提供を超え、多民族共存を実現するための社会工学でもある。タウン計画の哲学を解説します。

2026-06-03
HDB住宅政策都市計画

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シンガポールの「公営住宅」という言葉から、薄暗い団地を想像するなら、それは全く違う。

HDB(Housing and Development Board)の住宅は、緑に囲まれた高層ビルで、その下には商店、コーヒーショップ、市場、診療所、図書館が揃っている。徒歩5分以内に生活のほぼ全てが完結するように設計されている。これはたまたまではなく、意図された設計だ。

「タウン」単位で作られる

HDBの住宅供給は「ブロック(棟)」単位ではなく、「タウン」単位で計画される。

ひとつのHDBタウンには、数万人規模の人口が暮らす。そのタウン内に、MRTの駅、バスターミナル、ショッピングセンター(「タウンセンター」と呼ばれる)、学校、医療施設、公園、ホーカーセンターが配置される。

住民は基本的に「そのタウンの中で生活が完結する」ように設計されている。都心への通勤は必要だが、日常の買い物、子育て、医療はタウン内で済む。

民族混在を「制度で強制する」

HDBの最も特徴的な政策のひとつが、民族別入居比率の規制(Ethnic Integration Policy)だ。

各ブロック・近隣単位で、中華系、マレー系、インド系それぞれの入居比率に上限が設けられている。特定の民族が集中して居住する「ゲットー」を防ぐためだ。1989年に導入されたこの政策は、HDB中古物件の売買にも適用される。自分の部屋を売りたくても、買い手の民族が上限に達していると売れない。

自由市場の原理では、同じ民族が集まる傾向が生まれやすい。それを制度で抑制し、「混ざった状態」を維持し続けるのがシンガポールの選択だ。

ボイドデッキという設計

HDBビルの1階は必ず「ボイドデッキ」と呼ばれる開放スペースになっている。柱だけがあり、壁はない。風が通り抜ける。

ここは特定の用途がなく、住民が自由に使える空間だ。子どもが遊び、お年寄りが椅子を出して話し、葬式や結婚式が行われ、バドミントンのシャトルが飛ぶ。コンビニや小さな商店が入ることもある。

「目的のない空間」がコミュニティの場になる。東京の団地には1階に何かが詰め込まれているが、HDBのボイドデッキは意図的に空けてある。その「空き」が機能している。

緑化と「気持ちよく老いられる設計」

近年のHDB開発では、高齢者対応が強く意識されている。エレベーターの整備(古い棟でも後付け改修)、段差ゼロの通路、ベンチの設置、緑道の整備。

シンガポールは急速に高齢化しており、「どこで老いるか」が政策的課題になっている。HDBタウンが高齢者にとって住みやすい場所であれば、老人ホームへの需要を抑えられる。コミュニティケアと都市計画が一体化している。

「公営住宅に住む」ことのステータス

日本では「公営住宅=低所得者向け」というイメージが強いが、シンガポールでは違う。HDBに住むことは普通であり、むしろ人口の大多数がそこにいる。

新しいHBD(Bto)は抽選で、申し込みには年収上限などの条件がある。申し込んで当たり前ではなく、当選倍率が高い物件もある。HDBはシンガポール人の資産形成の核でもあり、売却益を次の住まいに充てる仕組みが確立している。

住宅が「国民の財産形成の基盤」として設計されている社会と、そうでない社会では、街の見え方がまるで違う。

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