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自然・気候

船で10分の場所に、更新されなかったシンガポールがある

本島の北東から小さな渡し船で渡るプラウ・ウビン。舗装されていない道と木造の家が残るこの島は、開発されなかったシンガポールの姿を残している。その存在が何を意味するのかを考える。

2026-09-15
プラウ・ウビンカンポン自然歴史シンガポール

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本島の北東の桟橋から小さな船に乗ると、10分ほどで別の時代に着きます。

プラウ・ウビン。舗装されていない道、木造の家、放し飼いのような鶏、レンタサイクル屋。高層ビルもエアコンの効いたモールもなく、電力や水道の供給も本島と同じようにはいきません。シンガポールで暮らしていると当たり前になっている整然とした風景が、ここにはない。

同じ国の中に、更新されなかった区画が一つだけ残っている。

かつてはどこもこうだった

シンガポールの本島も、かつては木造の家が集まるカンポン(村落)が各地に散らばる島でした。

独立後の住宅政策で、そうした集落は次々にHDBへ置き換えられていきます。水道と電気とトイレが各戸にあり、災害や火災のリスクが低く、密度が高い。合理的な判断でした。数十年で、島の風景はほぼ完全に入れ替わります。

ウビン島がその波を免れたのは、面積が小さく、本島から離れ、大規模な開発の優先順位が低かったからだと説明されます。積極的に保存されたというより、後回しにされ続けた結果として残った。時間が止まったのではなく、時間を進める投資が向けられなかった。

「不便さ」が資源になる逆転

ところが近年、この島の不便さの意味が変わってきました。

自然が残り、開発されていないという条件が、生態系の保全や自然体験の場として評価されるようになる。湿地や海岸の環境が観察でき、本島では見られない生き物がいる。教育や研究の場としての価値も語られます。

かつては「まだ開発されていない場所」だったものが、「開発しないでおく場所」に変わった。同じ状態でも、社会の側の見方が変われば意味が反転します。骨董品と同じで、古いことは捨てる理由にも残す理由にもなる。分かれ目は、他に同じものがどれだけ残っているかです。本島から失われたからこそ、ウビンの価値が上がった。

訪ねるときの現実的な話

観光地として整えられた場所ではないので、行くときには準備が要ります。

本島側の桟橋から渡し船が出ており、乗客が一定数集まってから出発する方式が取られてきました。運航や料金は変わることがあるので、出かける前に最新情報を確認するのが確実です。島内の移動は徒歩か自転車が中心で、レンタサイクルの店があります。

道は舗装されていない区間が多く、9月の熱帯の空気の中では想像以上に体力を使います。水を多めに持ち、日差しと蚊への対策をして、暗くなる前に戻る計画を立てる。島には本島のような密な排水設備がないので、スコールのあとはぬかるむ区間があります。売店は限られており、本島のような感覚で「現地で買えばいい」とは考えないほうがいい。

消えたものを見に行く

ウビン島を歩いていて感じるのは、懐かしさというより違和感です。

シンガポールで暮らす身体は、清潔で、整備され、案内表示のある空間に慣れています。それが急に外れる。道がどこへ続くのか分からず、静かで、人がいない。この落差そのものが、本島がどれだけ人工的に作り込まれているかを教えてくれる。

この国の緑は政策で作られたものだ、という話はよく語られます。街路樹の樹種が選ばれ、植える位置が決まり、剪定の周期が管理されている。ウビンの緑は、その逆側にあります。誰も設計しなかった結果としての緑。両方を見て初めて、シンガポールが選んだ道の形が見えてきます。

残るかどうかは決まっていない

この島の将来については、保全を重視する方向で議論が続いてきました。ただ、土地が極端に貴重なこの国で、何かが永久に手を付けられない保証はありません。

だから、行けるうちに行っておく価値があります。観光名所として素晴らしいからではなく、いまのシンガポールがどこから来たのかを、実物で確認できる数少ない場所だからです。

船を降りて桟橋を歩き出した瞬間の、あの「整っていない」感触。それが、この国が半世紀かけて捨ててきたものの手触りだ——という受け取り方ができます。

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