セントーサ島の二面性——リゾートに変えられた軍の島の歴史
観光・リゾートの島として知られるセントーサだが、かつては英軍の要塞島だった。リゾート開発の歴史、ユニバーサル・スタジオ・シンガポールの経済効果、IRとの関係まで掘り下げます。
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セントーサ島を今日訪れると、テーマパーク、カジノ、リゾートホテル、人工ビーチが並んでいる。「シンガポール最大の遊び場」として知られる。
だが島の名前の由来を知ると、少し違う景色が見えてくる。「セントーサ」はマレー語で「平和・静けさ」を意味するが、植民地時代の名前は「Blakang Mati(裏から来る死)」だった。
英軍の要塞として
セントーサはかつて英国軍の要塞島で、シンガポール防衛の拠点だった。第二次世界大戦中は日本軍に占領され、英軍の降伏後は捕虜収容所としても使われた。
戦後、英国がシンガポールから撤退した後、島はシンガポール政府に移管された。当初は軍の施設が残っていたが、1970年代以降に観光開発が始まった。「Sentosa(平和)」という名前はそのタイミングで変えられた。
過去を意識的に「上書き」した地名変更であることは、歴史として記憶しておく価値がある。
テーマパーク島への変貌
ユニバーサル・スタジオ・シンガポール(USS)が2010年に開業し、セントーサは東南アジアのテーマパーク・リゾートとしての地位を確立した。
USSはシンガポール観光の目玉となり、年間数百万人が訪れるとされる(公式発表より。正確な数字は変動する)。隣接するマリーナ・ベイ・サンズとともに、シンガポール観光の二大エンジンを形成している。
カジノ「リゾート・ワールド・セントーサ」
セントーサにはリゾート・ワールド・セントーサ(RWS)というIR(統合型リゾート)があり、その中にカジノが含まれている。
シンガポールはカジノの設置に長らく反対してきたが、2005年に経済政策の転換としてIR2棟の設置を決定した。1棟がセントーサのRWS、もう1棟がマリーナ・ベイ・サンズだ。
ただし自国民のギャンブル問題を防ぐため、シンガポール市民・永住権保有者は入場に100SGDの入場税(1回)または2,000SGD(1年間)が課される。外国人は無料。
人工ビーチという現実
セントーサのビーチ(シロソビーチ、パラワンビーチなど)は整備されているが、元々は自然のビーチではなく、白砂を外国から輸入して作った人工ビーチだ。
シンガポール本島には自然のビーチがほとんどなく、砂はマレーシアやインドネシアから輸入する必要があった。「見た目は南国のビーチ」でも、その砂は輸入品というのがシンガポールらしい。
セントーサへの行き方と費用
セントーサへはケーブルカー、モノレール(セントーサ・エクスプレス)、徒歩(コーズウェイブリッジ)で入島できる。以前は入島料があったが、廃止されている(2026年時点)。
島内の移動は無料のバスとモノレールで対応している。テーマパーク・アトラクションは別途入場料が必要で、観光費用はシンガポール滞在の中では高めになりやすい。家族連れの日帰りで数万円の出費になることもある(推定)。