都市の中の緑——シンガポールの生物多様性保全
「ガーデンシティ」から「シティ・イン・ア・ガーデン」へ。シンガポールの緑化戦略と生物多様性保全の取り組みを、在住者目線で解説します。
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シンガポールに住んでいると、ビルの隙間にある鬱蒼とした木々や、MRTの高架沿いに這うグリーンウォールに目が留まる瞬間がある。人口密度が高く、国土面積が東京23区とほぼ同じ(約734平方キロメートル)この都市国家が、なぜこれだけの緑を維持できているのか。
「シティ・イン・ア・ガーデン」戦略
シンガポールはかつて「ガーデンシティ(Garden City)」を標榜していたが、2011年以降は「シティ・イン・ア・ガーデン(City in a Garden)」という概念にアップデートした。植栽された都市ではなく、都市そのものが自然の中に存在するという逆転の発想だ。
国立公園局(NParks)のデータによると、シンガポールの緑被率は国土の約47%に達する。都市化が進む一方でこの水準を維持するために、ビルの屋上や壁面への緑化が法的・建築基準的に組み込まれている。
ブコキ・プリマリー・ジャングルとセントラル・ネイチャー・リザーブ
都市部に住んでいても、少し足を伸ばすと本格的な熱帯雨林に入れる。ブコキ・ナチュラル・パーク(Bukit Timah Nature Reserve)はシンガポール島の中心部に位置し、東南アジアで最も種の豊富な一次林のひとつとされている。ここには絶滅危惧種のシンガポールブルー(タランチュラの一種)や、多数の固有種が生息する。
マレーシア・ジョホール州との間には「生態系コリドー(Ecological Corridor)」計画も進行しており、野生動物が国境を越えて移動できるルート確保が検討されている。ペニンシュラ・マレーシアからシンガポールへ迷い込んだマレーヌマワニやスマトラオオトカゲがメディアで報じられることもある。
在住外国人が楽しめる自然体験
日常の中で自然に触れる機会は多い。
スンゲイ・ブロー・ウェットランド:マングローブ林の中をボートで巡るツアーが人気。希少な渡り鳥の観察スポットでもあり、野鳥愛好家の間では知名度が高い。
ホームズデール・トレイル:住宅街の裏手にある整備されたトレッキングルート。舗装路もあるため、子ども連れでも歩きやすい。
ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ:観光地として有名だが、植物の種多様性という点でも意義がある。花ドームにはシンガポール国内では見られない熱帯・亜熱帯植物が集められており、研究機能も持つ。
都市開発との両立
注目すべきは、緑化が「観光用の飾り」ではなく、都市インフラ設計に組み込まれている点だ。例えば新規HDB(公営住宅)開発では、建設前の緑被面積を建設後も下回らないよう補完緑化が義務付けられている。
生物多様性の面でも、2009年に策定された「National Biodiversity Strategy and Action Plan」は定期的に改訂されており、2030年に向けた目標値が設定されている。
シンガポールの自然を「都市の余白」と捉えるか、「都市の構成要素」と捉えるか。この国は明確に後者を選んだ都市だ。