HDBのボイドデッキで葬式と結婚式が同時に行われる国——シンガポールの空間設計思想
シンガポールのHDB(公営住宅)1階のボイドデッキでは、葬儀と結婚披露宴が隣り合わせで行われることがある。なぜこの設計が成り立つのか。限られた国土における公共空間の多目的利用と、住民の受容構造を分析。
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東京23区とほぼ同じ面積に580万人が住むシンガポールで、最も貴重な資源は「空間」だ。HDB(公営住宅)の1階に設けられたボイドデッキ(void deck)は、その空間の使い方に対する国の哲学が凝縮されている。
葬儀と結婚式の同居
ボイドデッキでは、文字通り、一角で葬儀が行われ、数十メートル先で結婚披露宴のテーブルが並んでいることがある。日本人の感覚では「不謹慎」に映るが、シンガポールの住民はこの光景に慣れている。
理由はシンプルだ。ボイドデッキは「誰のものでもない共有空間」であり、Town Council(自治管理組織)に申請すれば、ほぼ誰でも使える。葬儀には3〜5日、結婚披露宴には1〜2日。予約が重なることは構造的に避けられない。
設計の意図
ボイドデッキの設計者は、異なる民族(中華系・マレー系・インド系)が自然に接触する「バッファゾーン」を意図していた。住棟の中(プライベート)と外(パブリック)の間にある、セミパブリックな空間だ。
この空間があることで、住民は「知らない人の冠婚葬祭」に日常的に遭遇する。それが異文化への耐性を育てている——というのが、シンガポール政府の都市計画における持論だ。
利用ルールと費用
| 用途 | 申請先 | 費用 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 葬儀 | Town Council | SGD 100〜300(約11,500〜34,500円) | 3〜5日 |
| 結婚披露宴 | Town Council | SGD 200〜500(約23,000〜57,500円) | 1〜2日 |
| コミュニティイベント | 同上 | 無料〜SGD 100 | 数時間 |
ホテルの宴会場を借りれば数千〜数万SGDかかることを考えると、ボイドデッキの費用は破格だ。特に葬儀は突発的で費用の計画が立てにくいため、ほぼ無料で使える空間の存在は、低〜中所得層にとって実質的なセーフティネットになっている。
在住日本人が遭遇したら
ボイドデッキの葬儀に遭遇するのは時間の問題だ。HDBに住んでいれば、ほぼ確実に経験する。
白いテントが張られ、花輪が並び、お経が流れる。中華系なら道教式の紙銭を燃やす煙が立ち込めることもある。マレー系ならイスラム式の静かな祈りが聞こえる。
近隣住民としてのマナーは「静かにする」「敬意を示す」の2点だけだ。特に夜間の騒音を控えれば問題ない。お香の煙が洗濯物に付く、という実務的な問題は、洗濯物を室内干しにすることで対処する。
720㎢の国で580万人が暮らすために、空間を「単一用途」に固定する贅沢は許されない。ボイドデッキの設計思想は、この国の合理性そのものだ。