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水上マーケットの経済構造——誰が儲けて、誰が漕いでいるのか

バンコク近郊の水上マーケットは年間100万人以上が訪れる観光資源だ。しかし小舟で食べ物を売る人の日収はいくらか。観光化の裏側にある経済構造を数字で見る。

2026-05-09
タイ水上マーケット観光経済ダムヌンサドゥアクローカル経済

この記事の日本円換算は、1THB≒4.3円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(THB)の金額を基準にしてください。

ダムヌンサドゥアク水上マーケットで売られているパッタイは1皿60〜80THB(約260〜340円)。バンコク市内の屋台なら40〜50THBで食べられるものが、水の上に乗った途端に5割増しになる。この価格差の中に、水上マーケットの経済構造がすべて詰まっている。

「観光マーケット」と「生活マーケット」の分岐点

タイには大小合わせて30以上の水上マーケットがあるとされるが、観光客に知られているのは5〜6ヶ所だ。ダムヌンサドゥアク(ラチャブリー県)、アンパワー(サムットソンクラーム県)、タリンチャン(バンコク市内)が三大水上マーケットと呼ばれる。

このうちダムヌンサドゥアクは1967年にタイ政府が観光開発として整備した経緯がある。つまり最初から「見せるための市場」として設計された。一方、アンパワーはもともと地元住民の生活市場だったものが2000年代にSNSで注目を集め、観光地化した。この出発点の違いが、現在の経済構造に影響している。

舟の上で売る人の収入構造

ダムヌンサドゥアクの水上マーケットで食品を売る業者は、多くの場合「舟のレンタル料」を運営側に支払っている。レンタル料は1日500〜1,000THB(約2,150〜4,300円)とされる。パッタイやマンゴーを1日100〜150皿売って、材料費を引いた利益が1,500〜3,000THBほど。レンタル料と合わせると、日収1,000〜2,000THB(約4,300〜8,600円)程度になる計算だ。

バンコクの工場労働者の日給が350〜400THBであることを考えると悪くない。ただし営業日は観光客が来る日に限られ、雨季はさらに客足が減る。年間を通じた安定収入にはなりにくい。

お金が落ちる先

水上マーケットの経済圏は、舟の上だけで完結しない。バンコクからの送迎バン(往復800〜1,500THB/人)、入場料やボート乗船料(200〜300THB/人)、駐車場、岸辺のお土産屋——観光客が支払うお金の多くは「水上」ではなく「陸上」のビジネスに流れる。

ある旅行代理店の関係者によると、バンコクからの半日ツアー料金1,500THBのうち、水上マーケットの業者に直接落ちるのは食事代の100〜200THBだけだという。残りは送迎、ガイド、代理店のマージンで消える。観光客が「水上マーケットの人たちにお金を使った」と思っている額と、実際に届く額には大きな差がある。

アンパワーの週末モデル

アンパワー水上マーケットは金・土・日の週末のみ営業する。平日はただの運河沿いの住宅地だ。この「週末だけ観光地になる」構造が、住民の生活と観光収入を両立させている。

アンパワーの周辺住民は、週末だけ自宅前にテーブルを出して焼き魚やスイーツを売る。舟のレンタル料は発生しない。自分の家の前が店舗になるからだ。結果的に、ダムヌンサドゥアクより売り手側の取り分が大きくなりやすい構造になっている。

在住者にとっての水上マーケット

バンコクに住んでいると、水上マーケットは「観光客が行く場所」という認識になりがちだ。実際、ダムヌンサドゥアクに行くバンコク在住日本人はそう多くない。

ただし、タリンチャン水上マーケットはバンコク市内にあり、BTSバンワー駅からタクシーで15分。週末の朝に行くと、地元のタイ人家族が川エビの炭火焼きを買っている。観光客向けの値段設定がない分、1皿30〜50THBで食べられる。在住者が「水上マーケットの食事」を楽しむなら、ここが現実的な選択肢だ。

構造を知ったうえで

水上マーケットが「伝統的な市場の姿」を残しているかどうかは、正直なところ疑わしい。ダムヌンサドゥアクは最初から観光用に設計されている。しかし、舟の上で麺を茹でる技術、運河の水位を読んで商品を並べる経験、そこに何十年もの蓄積があることは変わらない。観光の演出と、その裏にある労働のリアリティは同時に存在している。

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