金行が街角にある国——タイ人が銀行より金を信じる理由
タイの商店街には赤い看板の金行が並ぶ。タイ人にとって金は装飾品ではなく貯蓄であり担保でもある。金が家計の中で果たしている役割を構造から読む。
この記事の日本円換算は、1THB≒4.9円で計算しています(2026年6月時点)。為替は変動するので、現地通貨(THB)の金額を基準にしてください。
バンコクの中華街を歩くと、赤と金色の看板を掲げた店が何軒も連なっている。ガラスケースの中で、太いネックレスとブレスレットが照明を浴びている。宝石店ではない。金行(トーンカム)と呼ばれる、金の売買を専門にする店だ。
ここで売られている金は、装飾品の顔をした金融商品だ。買った人の多くは、それを身につけるためではなく、貯めるために買っている。
首にかけた預金通帳
タイの伝統的な金製品は、装飾のデザインより純度と重量が優先される。細工の凝った西洋の宝飾品とは発想が違う。重さがそのまま価値になるように作られている。
だから売るときも簡単だ。持ち込めばその日の相場で買い取られる。加工賃の分だけ目減りするが、価値の大部分は保たれる。売買のスプレッドが小さく、換金性が高い。これは金融商品としては良い性質だ。
日本人の感覚だと、金のネックレスは「派手なアクセサリー」に見える。だがタイの文脈では、それは首にかけて持ち歩ける預金に近い。子どもの誕生や結婚といった節目に金を贈る習慣も、単なる贈り物ではなく資産の移転として機能している。
銀行口座が届かなかった場所を埋めたもの
なぜ金なのか。歴史的な背景を考えると分かりやすい。
農村部を含む社会全体に銀行網が行き渡るまで、人々は手元で価値を保存する方法を必要とした。現金は物価上昇で目減りする。土地は分割も売却も難しい。そこで金が選ばれた。小さく、腐らず、どこでも同じ価値で通じ、必要な分だけ売れる。
これは経済学の教科書に載っている貨幣の条件そのものだ。可搬性、耐久性、分割可能性、普遍的な受容性。金がなぜ何千年も通貨だったのかを、タイの金行はいまだに実演し続けている。
さらにアジア通貨危機の記憶がある。1997年、タイを起点に通貨と金融システムが揺れた。自国通貨建ての資産が急速に価値を失う経験をした社会が、通貨に依存しない資産を手元に持ちたがるのは自然な反応だ。バーツがその後どういう経緯で東南アジアで比較的安定した通貨とされるようになったかを踏まえると、この記憶の重さが分かりやすくなる。
質屋とセットで機能する仕組み
金の本当の力は、売らずに使えるところにある。
急に現金が必要になったとき、金を質屋に入れて借りる。返済すれば金は戻ってくる。売り切ってしまうのではなく、一時的に流動性に変える。金は貯蓄であると同時に、いつでも発動できる担保でもある。
信用スコアも保証人も要らない。物が担保だから、貸す側は借り手の素性を調べる必要がない。銀行融資の審査を通れない層にとって、これは唯一に近い正規の資金調達手段になる。
家計の安全弁がネックレスの形で首にかかっている、と考えると、あの太い金鎖の意味が変わって見えてくる。あれは見栄ではなく、備えだ。
手元に置ける物に信用を預けるという発想は、金だけの話ではない。タイではお守り(プラクルアン)にも中古の相場が立ち、資産として扱われる。信仰の対象が同時に換金可能な物件でもある、という二重性は、金行のガラスケースと同じ構造をしている。
相場は毎日変わる
金価格は国際的な相場と為替の両方で動く。タイの金行の店頭には、その日の買値と売値が掲示されている。人々はそれを見て、買うか、売るか、待つかを決める。
金の重さの単位も独自のものが使われており、国際的なグラム表記とは別の慣習がある。取引に関わるなら単位と純度の表記を店で確認するのが前提だ。価格は日々変動するため、具体的な数字はここでは書かない。相場と手数料は必ずその場で確認してほしい。
在住者はこれをどう見るか
日本人がタイで金を買う必要があるかというと、必須ではない。日本の銀行口座も、証券口座も、多くの人が維持したまま暮らしている。資産形成の選択肢は他にいくらでもある。
ただ、この文化を理解しておくと、周囲の行動が読めるようになる。同僚が給料の一部で金を買うのは投機ではなく貯蓄だし、家庭の危機に金を質入れするのは破綻ではなく設計通りの動作だ。
金融リテラシーという言葉は、しばしば「銀行や証券の商品を理解する能力」の意味で使われる。だがタイの金行が示しているのは、制度が届かない場所でも人は合理的な資産管理を発明するということだ。教科書の順番ではないが、機能はしている。
赤い看板のガラスケースを次に見かけたら、宝飾店ではなく、街角にある小さな銀行だと思って眺めてみるといい。ガラスの向こうで店員が電卓を叩き、客が首から外したネックレスを量りに乗せている。あの数分間は、預金の引き出しそのものだ。