バンコクの運河は「埋められた高速道路」だった——水の都が道路都市に変わるまで
かつて「東洋のベニス」と呼ばれたバンコク。運河(クローン)の多くは道路に変わり、残ったクローンは排水路兼生活路として今も機能している。
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19世紀のバンコクの地図を見ると、道路がほとんどない。代わりに運河(クローン、คลอง)が街を網目のように覆っている。当時のバンコクは水上都市であり、人々は船で移動し、運河沿いに家を建て、運河で洗濯をし、運河から水を汲んだ。欧米の旅行者は「東洋のベニス」と呼んだ。
道路が運河を飲み込んだ
1860年代、ラーマ4世(モンクット王)の時代から道路建設が始まった。最初に作られたのがチャルーンクルン通り——バンコク最古の道路だ。しかし本格的にクローンが埋め立てられたのは1950年代以降、自動車の普及に対応するためだった。
現在のバンコクの主要道路の多くは、元クローンだ。
- シーロム通り: クローンの上に建設された
- スクンビット通り: 両側のソイの多くは運河へのアクセス路だった
- ラチャダーピセーク通り: 運河を埋め立てた跡地
運河を埋めて道路を作る——合理的に見えるこの判断が、現在のバンコクの2大問題を生んだ。渋滞と洪水だ。
洪水はクローンの復讐
バンコクは海抜0.5〜1.5mの低地に位置し、チャオプラヤー川の氾濫原に建てられた都市だ。クローンのネットワークは、雨水を排水してチャオプラヤー川に流す天然の排水システムとして機能していた。
クローンを埋めて道路にしたことで、この排水機能が失われた。毎年の雨季(6〜10月)にバンコクの一部が冠水するのは、排水路を潰して舗装した結果だ。2011年の大洪水では被害額がTHB 1.4兆(当時約4兆円)に達し、日系企業の工場も多数被害を受けた。
残ったクローンの役割
全てのクローンが埋められたわけではない。現在もバンコクにはセーンセープ運河をはじめとする複数のクローンが残っている。
セーンセープ運河のボートサービスは今も通勤手段として使われている。料金はTHB 10〜25(約43〜108円)で、渋滞を完全に回避できる。黄金寺院(ワットサケート)付近からプラカノンまで約18km、所要時間は30〜40分。同じ距離を車で移動すると、ラッシュ時なら1時間半かかる。
ただしボートは屋根が低く、水しぶきが飛び、運河の水は衛生的とは言いがたい。雨季には水位が上がってボートの運行が止まることもある。快適さと引き換えに速度を買う、という選択だ。
クローン沿いのコミュニティ
バンコクには運河沿いに「クローンサイド・コミュニティ」が今も残っている。木造の家が運河の上にせり出して建ち、住民はボートで移動し、運河で漁をする——バンコクの他のエリアとは完全に異なる時間が流れている。
これらのコミュニティは「スラム」として扱われることもあるが、文化遺産として保護しようとする動きもある。アーティストやカフェが入り込み、「レトロなバンコク」を体験できるスポットとして一部が観光地化されている。
クローンはバンコクの過去であり、現在でもあり、そしてバンコクが「水の都市」であることを忘れさせない装置でもある。渋滞に巻き込まれた車の窓から、すぐ横をボートが追い抜いていく——その光景はバンコクにしかない。