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ケシ畑がコーヒー農園になった——タイ北部の山が変わった理由

タイ北部の山岳地帯はかつてケシ栽培で知られたが、いまや高品質なコーヒーの産地に変わった。この転換の背景と、一杯のコーヒーが背負う歴史を読み解く。

2026-08-21
コーヒー北部農業歴史タイ

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チェンマイのおしゃれなカフェで、地元産の豆を使った一杯のコーヒーを飲む。そのコーヒーが育った北部の山が、かつて麻薬の原料であるケシの一大栽培地だったことを知る人は少ない。一杯の裏に、山岳地帯の大きな転換の歴史が隠れている。

ケシからの転換という難題

タイ北部の山岳地帯は、ミャンマー・ラオスとの国境に近く、かつてケシ栽培が盛んな地域だった。標高が高く、合法的な換金作物が育ちにくい環境で、ケシは数少ない現金収入の手段だった。

これを別の作物に置き換えるのは簡単ではない。単に「やめろ」と言っても、農家には代わりの収入がない。必要だったのは、ケシと同じかそれ以上の収入を生み、高地で育つ合法的な作物だった。その候補の一つが、標高の高い土地を好むコーヒーだった。

高地がコーヒーに向いていた

良質なアラビカ種のコーヒーは、標高が高く昼夜の寒暖差がある土地で育つ。北部の山岳地帯は、まさにその条件を備えていた。ケシが育つ環境は、上質なコーヒーが育つ環境でもあったのだ。

転換には長い時間と支援が必要だった。苗を植え、栽培技術を教え、収穫した豆を売る販路を作る。コーヒーの木が実をつけるまでには年月がかかる。一朝一夕ではなく、世代をまたぐ取り組みとして進められてきた。

付加価値で勝負する産地へ

タイのコーヒー生産量は、世界の大産地に比べれば小さい。だから量ではなく質と物語で勝負する道を選んだ。山岳民族が丁寧に育てた、出自のはっきりした豆——そうした付加価値が、国内外の消費者に評価され始めている。

チェンマイのカフェ文化の隆盛も、この地産の豆を後押ししている。地元で採れた豆を地元で焙煎し、地元で飲む。生産から消費までが近い距離で完結することで、産地の物語が一杯に乗りやすくなる。観光客がその物語ごとコーヒーを味わう構図ができている。

一杯が語る山の歴史

タイ北部のコーヒーを飲むことは、麻薬作物から合法作物への、困難で長い転換の成果を味わうことでもある。一杯のコーヒーが、山岳地帯の暮らしを支え、違法経済から人々を引き離す役割を担ってきた。

次にチェンマイで地元産のコーヒーに出会ったら、その豆が育った山がたどってきた道を少しだけ想像してみてほしい。香りの奥に、土地と人々の長い物語が溶けている。

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