ソイの野良犬と野良猫——タイの「共生」は優しさではなく仏教の論理だった
タイの街中に大量にいる野良犬・野良猫の実態を解説。なぜ殺処分しないのか、仏教の不殺生思想との関係、狂犬病リスク、餌やりの文化、在住日本人が知るべき安全対策まで。
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バンコクのソイ(路地)を歩いていると、犬が道の真ん中で寝ている。バイクも人も、犬を避けて通る。犬は動かない。これがタイの日常だ。
タイ全土の野良犬は推定約850万頭。猫を含めると1,000万頭以上。東京都の人口より多い数の動物が、人間と同じ空間で暮らしている。なぜこれだけの数が「放置」されているのか。答えは、仏教にある。
不殺生——タンブンの論理
上座部仏教(テーラワーダ仏教)では、殺生は五戒の第一に禁じられている。動物を殺すことはバープ(บาป/罪業)を積む行為であり、来世に悪い影響を及ぼすとされる。
逆に、野良犬に餌を与えることはタンブン(ทำบุญ/功徳を積む行為)だ。寺院の近くに野良犬が特に多いのは、参拝者が功徳のために餌を撒くからだ。
つまり、野良犬の放置は「管理の怠慢」ではなく、宗教的論理に基づく行動選択の結果だ。殺処分という選択肢が宗教的に排除されているため、TNR(捕獲・不妊手術・リリース)が唯一の管理手段になるが、その実施率はまだ十分ではない。
狂犬病は「現実の脅威」
タイはWHOの狂犬病リスク国に指定されている。2023年の狂犬病による死亡者数は3〜5名(確認分)。減少傾向にあるが、ゼロではない。
在住外国人にとって重要なのは、以下の対処法だ。
| 状況 | 対処 |
|---|---|
| 犬に噛まれた | 直ちに傷口を石鹸と水で15分以上洗浄。最寄りの病院で暴露後ワクチン接種(PEP)。タイの大型病院はPEPを常備している |
| 犬に引っかかれた(出血あり) | 噛まれた場合と同じ対応 |
| 犬が吠えて追いかけてきた | 走らない。目を合わせない。ゆっくり後退する |
| 予防接種(事前) | 渡航前にPrEP(暴露前ワクチン)を3回接種しておくと安心。日本で約15,000〜20,000円 |
暴露後ワクチンの費用は、タイの私立病院でTHB 1,500〜3,000(約6,450〜12,900円)/回。5回接種が標準プロトコル。
ソイの犬は「テリトリー」を持つ
野良犬は特定のソイを自分のテリトリーとして認識している。日中は寝ているが、夜間は活動的になり、テリトリーに侵入する見知らぬ人間に吠えることがある。
ランニングやサイクリング中に追いかけられるケースが多い。動く対象に反応するためだ。朝のジョギングでソイを走る際は、犬のいる場所を把握しておくか、犬の少ないメインロードを選ぶ方が安全だ。
タイ人と犬の独特な距離感
タイ人は野良犬を「迷惑」とは認識していないケースが多い。コンビニの前で寝ている犬を、店員が追い出さない。屋台のテーブルの下で犬が寝ていても、客は気にしない。
ただし「ペット」として飼っているわけでもない。名前は付けないが餌はやる。触らないが追い出さない。この「あいまいな関係性」は、日本の「飼う/飼わない」の二択とは異なる、第三の形態だ。
在住者としてのスタンス
タイに住む以上、野良犬・野良猫との共存は避けられない。過度に恐れる必要はないが、狂犬病の予防接種は強く推奨する。特に小さな子供がいる家庭は、PrEP(暴露前ワクチン)を渡航前に接種しておくことで、万が一の際の対応が格段に楽になる。
犬は敵ではない。しかし「かわいい」と無警戒に近づくのも危険だ。タイの犬との適切な距離は、タイ人が長い時間をかけて築いた距離感——触らないが、共存する——を参考にするのが一番確実だ。