バンコクのソンテウと東京のタクシー、どちらが都市交通として優れているか
コスト・カバレッジ・CO2排出・乗客1人あたり空間効率・待ち時間を軸にバンコクのソンテウと東京のタクシーを比較。先進的に見える方が実は非効率な場面がある。
この記事の日本円換算は、1THB≒4.3円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(THB)の金額を基準にしてください。
バンコクのソンテウ(赤いピックアップトラックの乗り合いバス)を初めて見た日本人は、たいてい「途上国の交通機関だな」と思う。荷台に木のベンチ。ルート表示なし。降りたいときは天井のブザーを押す。東京のタクシー——自動ドア、清潔なシート、メーター制——と比べたら、格段に「遅れている」ように見える。
だが都市交通として5つの指標で比べてみると、話はそう単純じゃない。
1. コスト: 圧倒的な差
ソンテウ: バンコク都内の固定ルート型は一律7〜10THB(約30〜43円)。チェンマイのソンテウも20〜30THB程度。
東京のタクシー: 初乗り500円(1.096km)、以降255mごとに100円加算。3km乗れば約1,300円。
同じ3kmの移動で、ソンテウは43円、東京タクシーは1,300円。30倍の差がある。もちろん所得水準が違うから単純比較はできないが、「移動1kmあたりのコスト」という指標で見ると、ソンテウの効率は異常に高い。
2. カバレッジ: 柔軟性の勝負
東京のタクシーはどこからでも呼べて、どこにでも行ける。アプリ配車で待ち時間は5〜10分。カバレッジは完璧に近い。
ソンテウは固定ルート型と流し型がある。固定ルート型は決まった道を往復するだけ。流し型はルートが曖昧で、運転手との交渉が必要。「行きたい場所に確実に行ける」という点ではタクシーが圧勝する。
ただしソンテウには「路線バスがカバーしない細い道に入れる」という強みがある。バンコクのソイ(路地)は幅が狭く、大型バスが入れない。ソンテウはピックアップトラックだから入る。公共交通の「ラストワンマイル」を埋めている。
3. CO2排出: 乗り合いの数学
ここが面白い。
東京のタクシーの平均乗車人数は約1.3人(全国ハイヤー・タクシー連合会)。ほぼ1人で乗っている。車両1台あたりのCO2排出量は、ガソリン車で1kmあたり約130〜170gCO2。
ソンテウは1台に10〜15人が乗る。車両のCO2排出は東京タクシーより多いが(ディーゼルエンジンのピックアップトラック、1kmあたり推定200〜250gCO2)、乗客1人あたりに割ると約13〜25gCO2/km。東京タクシーの1人あたり約100〜130gCO2/kmと比べて、5〜10倍効率が良い。
「先進国のクリーンな交通」と「途上国の汚い交通」というイメージとは逆に、乗客1人あたりの環境負荷ではソンテウが圧勝する。
4. 空間効率: 道路の使い方
東京の道路に1台のタクシーが占めるスペースに、平均1.3人しか乗っていない。ソンテウ1台が占めるスペースには10〜15人が乗っている。
道路1m2あたりの人の移動量で計算すると、ソンテウは東京タクシーの約8〜12倍の空間効率を持つ。バンコクは世界有数の渋滞都市だが、もしソンテウが全部タクシーに置き換わったら、道路は今の数倍混雑する。
渋滞がひどいからこそ、乗り合いが合理的。渋滞がない東京だから1人乗りタクシーが成立する。この因果は逆にも読める——1人乗りタクシーが多いから東京は渋滞がマシなのではなく、鉄道インフラが強いから1人乗りタクシーという贅沢が許されている。
5. 待ち時間: 体感の問題
東京のタクシーは配車アプリで5〜10分。流しのタクシーも都心なら数分で拾える。
ソンテウは固定ルート型なら通過を待つだけだが、「あと何分で来るか」が分からない。5分かもしれないし20分かもしれない。この不確実性が心理的コストになる。Grabなどの配車アプリが普及した現在、「確実に何分で来るか分かる」移動手段に対して、ソンテウの不確実性は不利だ。
実際、バンコクではGrabバイク(バイクタクシーの配車)がソンテウの乗客を奪い始めている。コストは少し高いが、ドアツードアで待ち時間が読める。
どちらが「優れている」のか
答えは「都市によって正解が違う」だ。
東京の都市構造——鉄道が基幹で、タクシーは補完——の中では、1人乗りタクシーは合理的。鉄道がカバーしない深夜・ラストワンマイルだけを担えばいい。
バンコクの都市構造——鉄道は一部だけで、道路が基幹——の中では、乗り合いが合理的。道路容量が限られているなら、1台に多く乗せるしかない。
「途上国的」に見えるソンテウは、実はバンコクの都市構造に最適化された解だ。そして「先進的」に見える東京のタクシーは、鉄道インフラという巨大な前提条件の上に乗った贅沢品でもある。
都市交通の良し悪しは、その交通手段だけ見ても分からない。都市全体のインフラ構造の中で、何を補完しているかまで見て初めて評価できる。