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ソンテウ15バーツとGrab150バーツ——バンコクの二層経済を移動手段で読む

同じ道を走るソンテウとGrabの価格差は10倍を超えることがある。これは単なる値段の違いではなく、バンコクに共存する二つの経済圏の可視化だ。

2026-04-08
交通Grab物価格差バンコク

この記事の日本円換算は、1THB≒4.3円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(THB)の金額を基準にしてください。

バンコクでソンテウに乗ると10〜15バーツ(43〜65円)だ。同じ区間をGrabで予約すると100〜200バーツ(430〜860円)になることがある。

距離は同じ。目的地も同じ。でも価格は10倍違う。この差は「外国人価格」でも「ぼったくり」でもない。バンコクという都市の経済構造が、交通手段の中に凝縮されて現れているだけだ。

ソンテウとは何か

ソンテウ(สองแถว、直訳は「二列の席」)はピックアップトラックの荷台に向かい合わせの座席を設けた乗り合い交通機関だ。決まったルートを走り、乗りたい人が手を上げて乗り、降りたいところで知らせて降りる。

料金は乗車区間に関係なく一律10〜15バーツが基本だ。距離制ではなく定額制という点では公共バスに近い。ルートは非公式で、運行ダイヤも存在せず、乗り方を知らないと使いにくい。

しかしローカルにとっては「足」だ。朝の出勤、市場への買い物、子どもの送迎——月収2〜3万バーツ(8,600〜12,900円)台の家庭にとって、移動コストは生活費の大きな割合を占める。1回15バーツと100バーツでは、月の移動頻度によって数千バーツの差になる。

Grabの価格構造

GrabはSEA(東南アジア)最大のライドシェア・フードデリバリー企業だ。2012年にマレーシアで創業し、現在はシンガポールに本社を置く。タイでも最大手のライドシェアプラットフォームとして機能している。

バンコクのGrabは最低運賃が40〜45THBで、そこに予約手数料20THB、さらに距離・時間に応じた加算がある。短距離でも60THB台、中距離になると100〜200THBが標準的だ。

サービス内容はソンテウと本質的に違う。エアコンが効いた車、ドア・ツー・ドアの個別移動、アプリでの予約・支払い、英語対応、ドライバーの評価システム——利用者にとっての予測可能性と快適性が売りだ。

外国人駐在員・観光客・高収入ローカルは主にGrabを使う。月収10万バーツ(43万円)超のホワイトカラー層にとって、移動1回の200バーツは「気にならない出費」だ。

同じ空間に二つの経済圏

バンコクは多くの途上国都市と同様に、物価の二層性(dual price)が存在する。

観光地・外国人向け施設では日本並みかそれ以上の価格設定がされている一方、ローカル市場・屋台・乗り合い交通では月収2〜3万バーツで生活できる価格水準が維持されている。

これを経済学的に見ると「購買力平価の分断」だ。同じ都市空間に、全く異なる実効購買力を持つ二つの人口集団が共存している。外国人向けコンドミニアム(月10万〜30万THB)と地元民向けアパート(月3,000〜8,000THB)が同じ道沿いに建っていることもある。

ソンテウとGrabの価格差は、この二層経済の移動手段版だ。

技術が格差を可視化する

面白い逆説がある。デジタル化は格差を縮めるはずだが、ライドシェアは格差を可視化した側面もある。

GrabがバンコクでUberを買収し独占に近い状態になったとき、「より安い選択肢」を駆逐したという批判が出た。市内タクシーのメーター制は最低35THBからで、Grabより安くなることもある。だがタクシードライバーの英語対応は不安定で、外国人には使いにくい。

デジタルプラットフォームは「便利で高い」サービスに人を集中させる力を持つ。その結果、ローカルの交通手段が経済的に成立しにくくなり、最終的には低所得層の移動コストが上がる、という構造的な問題が複数の都市で報告されている。

ソンテウは今のところ残っている。だが運転手の高齢化と若年層の参入減が続いており、10年後も15バーツで乗れるかどうかは不透明だ。

移動コストは「税」だ

都市経済の研究者はよく「移動コストは貧困税だ」という言い方をする。

低所得層は職住分離が進む都市郊外に住む傾向があり、都心の職場まで時間とお金をかけて通う。公共交通が安くても、そこにアクセスするまでのラストワンマイルにコストがかかる。

バンコクのBTS(スカイトレイン)はローカル経済にとって決して安くない。1回16〜59THBで、乗換を含むと100THB近くなることもある。ソンテウはそのギャップを埋める存在だが、非公式ゆえに路線図も時刻表もなく、使いこなすには「知識」が必要だ。

乗り方を知っている人だけが安く移動できる。その知識は地元の生活経験から得られるもので、短期滞在者には伝わりにくい。情報格差が移動コストの格差になる——ソンテウとGrabの10倍の差は、そういう構造も内包している。

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