タイのコーヒー消費量は日本の1.5倍のペースで伸びている——カフェ大国の内側
タイのコーヒー市場は年間10%以上の成長率で拡大し、バンコクのカフェ密度は東京を超える地区もある。屋台のオーリアンからスペシャルティコーヒーまで、タイのカフェ文化の構造を読み解く。
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タイは世界有数のコーヒー生産国でありながら、ほんの20年前まで国民の大半が「コーヒー=練乳たっぷりの甘い飲み物」しか知らなかった。いま、バンコクのカフェ密度はスクンビット通り沿いで200m圏内に5〜6軒というエリアもある。変化のスピードが異常に速い。
オーリアンという名の原点
タイの伝統的なコーヒーは「オーリアン(โอเลี้ยง)」と呼ばれる。ロブスタ種の豆をバターやトウモロコシと一緒に焙煎し、布フィルターで淹れる。1杯15〜25THB(約65〜110円)。コンデンスミルクを底に沈めて混ぜながら飲む。
この飲み方は中国南部からの移民が持ち込んだもので、バンコクの中華街(ヤワラート)周辺では今でも朝6時から屋台のオーリアンが立ち上がる。原価は1杯5THB以下。屋台の利益率は驚くほど高い。
スペシャルティの波はチェンマイから来た
タイ北部のチェンマイ県、チェンライ県は標高1,000m以上の山岳地帯でアラビカ種のコーヒーを栽培している。もともとはケシの代替作物として1970年代にタイ王室のロイヤルプロジェクトが導入したものだ。アヘンの代わりにコーヒーを植えた、という出発点は意外と知られていない。
ドイチャンやドイトゥンの豆は国際品評会で入賞するレベルまで品質が上がった。これらの豆を使ったスペシャルティコーヒーが2010年代にバンコクのカフェシーンに入り込み、景色が一変した。
カフェの価格帯は3層構造
バンコクのコーヒー市場は明確に3層に分かれている。
屋台のオーリアンやインスタントコーヒーが15〜30THB(約65〜130円)。タイ発のチェーン「Cafe Amazon」が45〜75THB(約190〜320円)。スペシャルティカフェが120〜200THB(約520〜860円)。最上層はスターバックスより高い。東京のブルーボトルコーヒーと同価格帯だ。
Cafe Amazonはタイの石油会社PTTが運営しており、ガソリンスタンド併設店を中心に全国4,000店舗以上を展開。スターバックスのタイ国内店舗数(約400店)の10倍以上ある。ガソリンを入れるついでにアイスラテを買う——この導線が爆発的な成長を生んだ。
なぜタイ人はアイスコーヒーを飲むのか
タイのカフェで注文の8割近くはアイスドリンクだとされる。年間平均気温が28〜30度の国で、ホットコーヒーを好む理由がない。だが注目すべきは氷の量だ。タイのアイスコーヒーはグラスの7割が氷で埋まっている。実質的にコーヒーの液量は半分以下になる。
これは単なる好みの問題ではなく、原価管理の設計でもある。氷のコストはコーヒー豆より安い。氷を多く入れるほど1杯あたりの原価は下がる。暑さと経済合理性が同じ方向を向いている。
在住者が知っておくべきカフェの使い方
バンコクのカフェは「作業場所」としても機能している。エアコンが効いたカフェでノートPCを開く人が目につくのは、自宅のエアコン代を節約している側面もある。電気代が月3,000〜5,000THB(約12,900〜21,500円)かかるバンコクの住居事情を考えると、120THBのコーヒー1杯で3〜4時間涼しい空間を確保するのは合理的な選択だ。
ただし、最近は「2時間制」や「最低注文金額」を設定するカフェが増えてきた。特にスクンビット、アーリー、エカマイあたりの人気店では座席回転率を意識した運営に切り替わりつつある。
コーヒー農家の現実
チェンマイの山岳地帯でアラビカ種を栽培する農家の買取価格は、生豆1kgあたり80〜120THB(約340〜520円)。バンコクのカフェで1杯150THBのラテに使われる豆の量は約15g。原材料費は1.2〜1.8THBだ。150THBの売価に対して豆の原価は1%程度。残りはレント・人件費・ミルク・カップ・利益で消える。
農家からカフェのカウンターまでの価格差は100倍。この構造はタイに限った話ではないが、豆の産地と消費地が同じ国内にある分、その差が可視化されやすい。ロイヤルプロジェクトはこのギャップを埋めようと、農家直営カフェの支援を続けている。