タイの宝くじは1枚80バーツのはずなのに、なぜ120バーツで売られているのか
タイ国営宝くじの定価は1枚80THB。しかし街角の売り子は100〜150THBで売る。この価格差の中に、タイ社会の所得分配・信仰・数字へのこだわりが凝縮されている。
この記事の日本円換算は、1THB≒4.3円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(THB)の金額を基準にしてください。
タイの宝くじ(สลากกินแบ่งรัฐบาล)の公式価格は1枚80THB(約340円)。タイ政府が法律で定めた定価だ。しかし、バンコクの歩道で「ロッタリー」と書かれたボードを掲げた売り子から買うと、100〜150THB(約430〜650円)を請求される。定価で買える場所はほとんどない。この差額が、タイ宝くじ市場の構造を物語っている。
流通の構造——定価で買えないカラクリ
タイ政府宝くじ事務局(GLO)は1回の抽選あたり約1億枚の宝くじを発行する。これがまず大口のディーラー(代理店)に卸される。ディーラーはさらに小口のブローカーに流し、最終的に街角の売り子に届く。
問題は、この流通過程で「人気のある番号」が選別されることだ。タイ人は特定の数字に強い意味を見出す。「9」は進歩を意味し、「6」は成功、「8」は繁栄。こうした縁起の良い数字の組み合わせを含む宝くじは、ブローカーの段階で選り分けられ、割増価格で売り子に渡る。
売り子は定価80THBで仕入れているわけではない。人気番号の仕入れ値は90〜110THB。それを120〜150THBで販売する。不人気番号は80THBのまま仕入れて80〜100THBで売る。利益は1枚あたり10〜30THB程度。1日に50〜100枚売って日収500〜3,000THB(約2,150〜12,900円)という計算になる。
夢判断と数字選び
タイ人が宝くじの番号を選ぶプロセスは、日本人の感覚からすると独特だ。前夜に見た夢を「夢辞典」で番号に変換する。蛇の夢なら「65」、水の夢なら「09」。この夢辞典はタイのコンビニで買える。
さらに強力なのが、高僧や神聖な場所から「番号をもらう」行為だ。有名な僧侶の生年月日や寺院の建設年から番号を導き出す。交通事故のナンバープレートがSNSで拡散され、次の抽選でその番号が売り切れることすらある。合理的ではないが、当選者が実際に「夢で見た番号を買った」と証言するたびに、この文化は強化され続ける。
抽選日のタイ社会
抽選は毎月1日と16日の月2回、午後3時にテレビ生中継される。1等賞金は600万THB(約2,580万円)。これにボーナス賞やニアミス賞を合わせると、当選確率は全体で約1%(100枚に1枚は何かしら当たる)に設計されている。
抽選日の午後、タイ全国のオフィスは静かになる。昼食後に戻ってきた同僚たちがスマートフォンで当選番号を確認し、小さな悲鳴と溜息が交互に響く。タイの職場で月に2回起きるこの光景は、在住3年目あたりで「当たり前」になる。
宝くじ売りという職業
バンコクの歩道で宝くじを売っている人の多くは、地方から出てきた高齢者や障がいを持つ人だ。宝くじ販売は特別な資格がいらず、初期投資も小さい。GLOは障がい者への販売割当を設けており、社会保障の代替として機能している面がある。
しかしこの構造には問題もある。大口ディーラーが買い占めて人気番号の価格を吊り上げ、末端の売り子の利益が圧迫される。タイ政府は何度も価格統制を試みてきたが、闇市場が形成されるだけで効果は限定的だった。2024年にGLOがオンライン販売を拡大し、定価80THBでの購入機会を増やそうとしている。
在住者と宝くじ
外国人もタイの宝くじを購入できる。パスポートは不要で、街角の売り子から現金で買うだけだ。当選した場合、1等なら税金0%(タイ国営宝くじの1等は非課税)、それ以外の等級は0.5〜1%が源泉徴収される。
1枚80〜150THB。タイ在住の日本人で「毎回2〜3枚買っている」という人は少なくない。月に160〜450THB(約690〜1,940円)の出費で、月2回のドキドキを買えると思えば——これは娯楽費として計上する人が多い。