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トゥクトゥクはいつ消えるのか——ノスタルジーが維持する非効率な交通手段の経済学

バンコクのトゥクトゥクは観光客向け料金で生き延びている。地元住民はGrabやバイクタクシーを使い、トゥクトゥクに乗ることはほぼない。なぜそれでも消えないのか。

2026-05-19
トゥクトゥクGrab交通観光バンコク

この記事の日本円換算は、1THB≒4.3円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(THB)の金額を基準にしてください。

バンコク在住のタイ人に「最後にトゥクトゥクに乗ったのはいつ?」と聞くと、たいてい「覚えていない」か「乗ったことがない」と返ってくる。同じ距離をGrabで移動すればTHB 60〜80(約258〜344円)で済むところ、トゥクトゥクは交渉制でTHB 150〜300(約645〜1,290円)を要求してくる。地元住民にとって、トゥクトゥクは選択肢にすら入っていない。

観光客が支える生存装置

トゥクトゥクが生き残っている理由は明快だ。観光客がTHB 200〜300を払ってくれるからだ。カオサンロード周辺やワットポー、グランドパレス付近のトゥクトゥクは、観光客専用の乗り物として機能している。

トゥクトゥクのドライバーにとって、1日に観光客を10〜15組乗せれば日収THB 2,000〜3,000(約8,600〜12,900円)になる。バンコクの平均月収がTHB 25,000〜30,000程度であることを考えると、悪くない稼ぎだ。ただし燃料費、車両のメンテナンス費、そして観光エリアでの「場所代」(暗黙の縄張り代)を引くと、手取りはその半分以下になる。

Grabが奪ったもの

2014年にGrab(当時GrabTaxi)がタイでサービスを開始して以来、トゥクトゥクの「地元客」は消滅した。Grabは料金が事前に表示され、ぼったくりの心配がなく、冷房が効いた車で移動できる。トゥクトゥクの唯一の利点だった「渋滞時に車の間をすり抜けられる」も、バイクタクシー(Grab Bike)の方が速い。

合理性だけで考えれば、トゥクトゥクはとっくに消えているはずだ。しかし経済には「合理性で説明できない生存戦略」がある。

ノスタルジーという資源

トゥクトゥクは「バンコクらしさ」の象徴として観光ブランドに組み込まれている。タイ政府観光庁のポスター、ガイドブックの表紙、Instagramのバンコクタグ——トゥクトゥクはどこにでも登場する。

これは京都の人力車に似ている。地元住民は乗らないが、観光体験として成立している。そして観光体験としての需要がある限り、供給は維持される。

トゥクトゥクの運営コストは自動車より安い。車両価格はTHB 100,000〜200,000(約43万〜86万円)で、乗用車の数分の一。燃料はLPGまたはCNGで、ガソリンより安い。初期投資が小さいから、観光客が来る限り撤退する理由がない。

電動トゥクトゥクの実験

一部では電動トゥクトゥク(EV tuk-tuk)の導入が始まっている。排気ガスと騒音——トゥクトゥクの二大欠点——を解消する試みだ。ただし電動化されたトゥクトゥクは、もはや従来のトゥクトゥクとは別物だ。エンジン音がしない三輪車は、ゴルフカートに近い。

トゥクトゥクの「体験価値」は、あの排気ガスと騒音と振動と、渋滞の中を縫って走るスリルに依存している。その不快さが丸ごと体験であり、観光客がお金を払う対象だ。電動化はトゥクトゥクを合理的にするかもしれないが、トゥクトゥクらしさを殺すかもしれない。

消えない理由、消える条件

トゥクトゥクが消える条件があるとすれば、それは「バンコクに来る観光客がトゥクトゥクに興味を失うとき」だ。Grabに取って代わられたのではなく、Instagram映えしなくなった時に消える。交通手段としてはとっくに死んでいるが、コンテンツとしてはまだ生きている。それがトゥクトゥクの現在地だ。

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