台湾人が英語名を持つ理由——名前を二つ持つ社会のコミュニケーション設計
台湾では多くの人が英語名を持ち、職場でそれを使う。本名とは別の名前を運用する習慣がどこから来て、何を可能にしているのか。名前という道具の使い方を読み解く。
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台湾の会社に入ると、同僚の名前が二種類あることに気づく。名刺には漢字の姓名が印刷されているのに、社内では「Kevin」「Vivian」「Jerry」と呼び合っている。
この英語名は、パスポートにも身分証にも載っていないことが多い。公的な記録には存在しないのに、日常のコミュニケーションでは本名より頻繁に使われる。
名前が二層になる
多くの台湾人は、学校の英語の授業で英語名を持つ。教師が用意したリストから選ぶこともあれば、自分で決めることもある。
一度決めた名前を一生使う人もいれば、途中で変える人もいる。就職を機に新しい名前にする人、気に入らなくなって変える人。公的な登録が不要だから、変更のコストがない。
ここが面白いところで、この名前は「本名の翻訳」ではない。音を似せる場合もあるが、まったく関係ない名前を選ぶこともある。陳さんがKevinになる必然性はどこにもない。
つまり、これは名前というより、識別のためのハンドル名に近い。実務上の呼称として、独立して運用されている。
発音の問題から始まったのか
一般的な説明は、外国人にとって中国語の名前が発音しにくいから、というものだ。声調があり、音節の区別が難しい。
だがこの説明だけでは足りない。台湾人同士でも英語名を使うからだ。中国語話者同士なら、漢字の名前で問題ないはずだ。
もう少し踏み込むと、別の機能が見えてくる。中国語の名前を呼ぶとき、姓だけでは他人行儀で、フルネームは硬く、名前だけは親密すぎる場合がある。呼び方が関係の距離を強く規定してしまう。
英語名は、この距離の問題から自由だ。上司でも部下でも、同じ形式で呼べる。役職を付けた呼称が階層を明示するのに対し、英語名は階層を中立化する。
つまり、台湾の職場には、階層を明示する呼び方(役職呼称)と、階層を中立化する呼び方(英語名)が両方あって、場面で切り替えられている。
役職呼称の側は、想像以上に細かい。「總經理」は社長にあたり、会話では省略して「總」になる。「經理」は部門長クラス、「主任」「協理」「副總」など、階層の名称は企業ごとに変わる。「老師」「醫師」「律師」のように、資格や職能がそのまま呼称になることもある。名刺を交換した直後から「林經理」「陳總」と呼び方が固定され、会話のたびに役職が付く。
これを形式主義と見るか、情報の圧縮と見るかで印象が変わる。オーケストラの譜面には、誰が主旋律で誰が伴奏かが最初から書き込まれている。記譜が関係を先に定義しているから、演奏中に相談しなくていい。役職呼称も同じで、誰が決裁権を持つのかが呼び方の時点で共有される。複数社が入り混じる商談では、この情報が速度に効く。
ハンドルネームという類推
インターネットの文化を知っていると、この構造は理解しやすい。
オンラインのコミュニティでは、本名ではなくハンドル名を使う。それは匿名性のためでもあるが、それ以上に、その空間での役割に合わせた名前を持つためだ。本名が背負っている出自や属性から、いったん切り離される。
台湾の英語名も、似た働きをしている。職場という空間での自分を、本名とは別のラベルで運用する。
だから、英語名を教えてもらったあとに本名を知ると、少し距離が縮んだ感じがする。ハンドル名しか知らなかった相手の本名を知ったときの感覚と、近いものがある。
日本人はどうするか
台湾で働く日本人が直面する問題がある。自分の名前をどう扱うか。
日本人の名前は漢字があるので、そのまま繁体字で書いて中国語読みしてもらう方法が一般的だ。この場合、自分の名前の中国語音を覚える必要がある。印鑑の扱いを含めた実務は名前と印章の慣習側で触れている。
ただ、中国語読みが台湾人にとって発音しにくい場合や、意味の面で気になる漢字が含まれる場合もある。同僚に確認しておくと安心だ。
英語名を持つかどうかは、職場の慣行による。周りが英語名を使っているなら、持ったほうが会話が滑らかになる。日本語の名前をそのままローマ字で使う人もいる。
名刺は現地で作るのが無難だ。日本の役職名を直訳すると、台湾側の理解とずれることがある。もうひとつ、社外の人の前で自社の上司を呼び捨てにする日本のビジネス慣習は、台湾では感覚が薄い。社外の場でも役職を付けて言及するのが自然とされる。
面白いのは、日本語の名前を日本語音で呼んでもらう選択肢もあることだ。台湾では日本語を学んでいる人が多く、日本語の音に馴染みがある。これも一つの解になる。
名前が持つ情報量
名前は、単なる識別子ではない。出身、世代、家族の期待、時代の流行。多くの情報を運んでいる。
中国語圏の名前には、世代を示す文字が家族で共有される慣習があった。名前を見れば、家系の中の位置が分かる。名前が家族の構造を運ぶ。
英語名には、この情報がない。だから軽い。軽いということは、選び直せるということでもある。
社会が名前に何を担わせるかは、その社会の関係のあり方を反映する。名前を重くする社会と、軽い名前を並行して用意する社会。台湾は後者の仕組みを持っている。
場面で名前を切り替える
台湾の人は、状況によって呼び名を使い分けている。
家族の中では、幼名や愛称。学校の友人の間では、あだ名。職場では、英語名か役職呼称。公的な書類では、本名。
一人が複数の名前を持ち、場面で切り替える。これは特殊なことではなく、多くの社会に見られる。だが台湾の場合、その切り替えが明示的で、体系として整っている。
在住者としてこの体系に入るとき、自分がどの層で呼ばれているかを意識すると、関係の距離が読める。役職で呼ばれているうちは公式な関係、英語名で呼ばれれば同僚として扱われている、という具合に。
呼ばれ方の変化は、関係の変化の一番早い信号だ。無理に距離を縮めようとせず、相手が使う呼び方に合わせる。呼び方が変わるときは、たいてい相手から変えてくる。
納期や開始時刻の幅を確認するのと同じで、これも期待値をすり合わせる作業だ。台湾で誰かの呼び方が変わったら、その意味を考えてみる。そういう聞き方もできる。