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文化・社会構造の分析

綠島(リュータオ)——ダイビングパラダイスの裏にある政治犯収容所の歴史

台東沖の綠島は世界有数のシュノーケルスポットだが、かつては政治犯が送られた「監獄島」だった。白色テロ時代の記憶が残るこの島の二面性を探る。

2026-06-23
綠島白色テロ歴史

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台東市から船で約50分、太平洋に浮かぶ小島・綠島(リュータオ)。面積わずか15平方キロメートルほどのこの島は、今はダイビングとシュノーケルの楽園として年間数十万人が訪れる観光地だ。

しかし戒厳令下(1949〜1987年)の台湾では、ここは政治犯が送られた「悪夢の島」だった。

白色テロと綠島

1949年の国民党政権樹立後、共産主義的とみなされた活動家・知識人・学生が大量に逮捕された。その多くが綠島の「新生訓導處(シンシェンシュンダオチュー)」と後継施設「綠洲山荘(リューチョウサンジュアン)」に送られ、長期拘禁・強制労働・思想改造を受けた。

被拘禁者の中には日本語世代の台湾人知識人も多かった。彼らの多くは1945年の日本統治終了後に中国語を習得し直した人々で、時代の変わり目に翻弄された世代だ。

人権文化園區(ジンチェンジー)の設立

1987年の戒厳令解除後、民主化とともに過去の清算が始まった。綠島の旧施設は「綠島人権文化園區(りゅうとうじんけんぶんかえんく)」として保存・公開されている。

収容棟・独房・審査室の跡が残り、当時を証言するプレートが設置されている。「記憶することが再発防止になる」という思想で設けられた施設だ。入場は無料(推定)で、台湾人・外国人問わず訪問できる。

二つの綠島

透明度の高い海と珊瑚礁の美しさで知られる観光の綠島と、白色テロの記憶を刻む歴史の綠島——同じ島の二面性が、ここにある。

シュノーケルで海を楽しむ前に、島を一周して人権文化園區に立ち寄る。その30分の寄り道が、台湾という社会の深さに触れる機会になるかもしれない。

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