台湾が殺処分ゼロを達成した後に起きたこと
2017年に台湾はアジア初の犬猫殺処分ゼロを法制化した。だが法律が変わった後の現実は複雑だ。TNR政策、シェルター飽和、野犬との共存——制度の先にある日常を追う。
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2017年2月、台湾の動物保護法改正が施行され、公営シェルターでの犬猫の殺処分が原則禁止になった。アジアで初めての法制化だった。日本のメディアでも「台湾が殺処分ゼロを実現」と報じられた。
だが、法律が殺処分を禁止したことと、問題が解決したことは同じではない。
殺処分ゼロの「後」
殺処分を禁止すると、シェルターに入った動物は出口がなくなる。譲渡されるか、シェルターで一生を過ごすかの二択になる。
台湾全土の公営シェルターの収容頭数は、法改正後に急増した。農業委員会(現・農業部)の統計によると、全国のシェルター収容犬は法改正前の約5万頭から、2020年には約7万頭を超えた。収容率が100%を超えるシェルターが複数出現し、一部では「入所拒否」が起きた。
シェルターに入れない犬はどうなるか。路上に戻る。
TNR: 捕獲→不妊去勢→リリース
台湾が殺処分の代替として採用したのがTNR(Trap-Neuter-Return)政策だ。野良犬や野良猫を捕獲し、不妊去勢手術を行い、元の場所に戻す。個体数を長期的に減らす方法で、世界中の都市で採用されている。
TNR済みの犬は耳先をV字にカットして識別する。台湾の街を歩いていると、片耳がカットされた犬を見かけることがあるが、これがTNR済みの印だ。
台湾政府はTNRに年間TWD 3億〜5億(約14.4億〜24億円)規模の予算を投じている。各地方自治体がNPOや動物病院と提携して実施する。
街で犬と共存する日常
台湾に住むと、野良犬の存在が日常の一部であることに気づく。
公園のベンチの下、夜市の入口、コンビニの前——犬たちは特定のテリトリーに定着して暮らしている。多くは人間を恐れず、攻撃もしない。地域住民が「地域犬」として餌をやり、見守っている構造がある。
ただし、噛傷事故がゼロではない。農業部の統計では、犬による咬傷報告は年間1,000〜2,000件程度で推移している。特に学校周辺や山間部での事故が問題視されており、自治体によっては「特定区域のTNR犬を別の場所に移動する」措置が取られることもある。
日本人が感じるギャップ
日本の殺処分数は年間約1.1万頭(環境省、2023年度)。日本でも殺処分ゼロを目指す自治体は増えているが、台湾のように法律で全面禁止した国はアジアでは台湾だけだ。
台湾に移住した日本人が驚くのは、野良犬の多さそのものよりも、人間と犬の距離感だ。散歩中の犬がリードなしで歩いていることもあるし、屋台の横で犬が寝ていても誰も気にしない。犬の存在が都市空間に「組み込まれている」感覚は、日本の都市部では味わえない。
一方で、犬が苦手な人や小さな子どもがいる家庭にとっては、管理されていない犬が近くにいる環境はストレスになる。この点は個人差が大きい。
猫カフェ大国という別の顔
台湾は世界でも有数の猫カフェ密集地域でもある。台北だけで20軒以上の猫カフェがあり、保護猫の譲渡会を兼ねている店も多い。
動物保護意識の高まりは、「ペットショップで買う」から「シェルターで引き取る」への行動変容にもつながっている。台湾のペットショップでは2021年から犬猫の生体販売が禁止された(動物保護法第22条)。ペットを飼うなら、シェルターかブリーダーから直接引き取る。
法律の先にある問い
殺処分ゼロは「達成」ではなく「出発点」だった——という表現は使い古されているが、台湾の現実がまさにそれを示している。シェルターの飽和、TNRの費用、地域住民との軋轢、咬傷事故のリスク管理。法律で殺処分を禁じた後に、これらの問題を1つずつ解いている最中だ。
台湾に住む日本人にとっては、犬や猫との距離感が日本とは根本的に違う環境で暮らすことになる。その違いは不便さでもあるし、ある種の豊かさでもある。