田んぼの真ん中に建つ別荘——台湾「農舍」制度が生んだ風景の読み方
台湾の水田地帯に洒落た二階建てが点在している。農地に家を建てられる農舍制度と、0.25ヘクタール・戸籍2年という条件が作った景観の論理を読む。
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宜蘭県を列車で通ると、水田の真ん中に真新しい二階建てが点々と建っているのが見える。屋根がスペイン瓦で、庭に芝生があり、白い外壁の家だ。周囲に集落はない。田の中に一軒だけ立っている。
農家の家だと思うと辻褄が合わない。農家は普通、集落に住む。水路と道路と隣家が近い場所に固まるのが、農業をやる上で合理的だからだ。田の中央に孤立した家を建てる理由は、農業の側にはない。
この風景は、農業用地興建農舍辦法という法規が作った。
農地に建てられる家という例外
台湾では農業用地の転用が厳しく制限されている。農地は農業に使うものであり、宅地にするには複雑な手続きが必要だ。
その原則に対する例外として、農舍がある。農業経営に必要な住居として、農地の一部に建物を建てることが認められている。農業をやる人が現地に住めないと農業が成り立たない、という発想に基づく制度だ。
制度の趣旨自体は理解できる。問題は条件の設計にあった。
三つの数字が決めていること
農舍を建てるための主な条件は次のようなものだ。
申請者はその農地の所有権者であること。申請者の戸籍所在地とその農地が同一の直轄市・県(市)内にあり、土地の取得と戸籍登記がいずれも2年以上経過していること。農舍を建てる農地の面積が0.25ヘクタール(2,500平方メートル)を下回らないこと。そして農地が実際に農業に使われており、農舍の建築が農業生産環境と農村の発展に影響を与えないこと。
数字を眺めると、この制度が何を選別しようとしていたかがわかる。0.25ヘクタールという下限は、小規模な投機的分割を防ぐためのものだ。戸籍2年・所有2年という期間は、買ってすぐ建てて売り抜ける動きを止めるためのものだ。
ただし、これらの条件はすべて時間と資金で満たせる。農業の技能や実績を問う条件が入っていない。農地を買い、戸籍を移し、2年待てば、農業経験がなくても条件を通過する。
選別の網目が通す魚
漁網の目のサイズを考えるときに似ている。網目を大きくすれば小魚が逃げる。小さくすれば稚魚まで獲れてしまう。どこに目を設定しても、その大きさに適応した魚が通り抜ける。
農舍制度の網目は、資金と時間で設定された。結果として、資金と時間に余裕のある層が最も効率よく通過した。都市に本業を持ち、週末に田舎の家へ行く生活を望む層である。
宜蘭県が典型例になったのは地理的な理由だ。雪山トンネルの開通で台北から車で1時間圏内になり、都市近郊の農地として最も条件が良かった。台北の住宅価格と比べれば、宜蘭の農地と農舍の建築費は桁が違う。
農地価格は農舍が建てられる前提で評価されるようになり、農業の収益性から乖離した。農業をやるために農地を買いたい人が、買えなくなる。
「農地農用」が破られる仕組み
農地違規、つまり農地の違法使用の実態は、多くの場合「農地農用が実現されていない」という一点に集約される。申請時に提出した農業計画が実行されていない、という状態だ。
田の中に家が建ち、庭が芝生になり、駐車場が舗装される。書類上は農業用地だが、実際には別荘である。
行政の側は監督権を持ち、違反が確認されれば是正命令や撤去の対象になり得る。ただし全国の農舍を継続的に監視する行政資源は限られる。制度が許した建築を、制度が事後的に取り締まる、という自己矛盾した構図になる。
宜蘭県はこの問題に正面から向き合った自治体の一つで、県独自に「宜蘭縣興建農舍申請人資格及農舍建築審查辦法」を定め、審査を厳格化してきた。一方で、農委会が求めた「農舍は道路や隣地に接して建てること」という要件について、農業発展条例に明確な根拠がないとして県側が異議を唱えた経緯もある。中央と地方で、どこまで縛るかの見解が分かれている。
買う側として知っておくこと
外国人が台湾で農地を取得することには制限がある。土地法による外国人の土地取得の規制があり、農地は特に厳しい。日本人が農舍を買うという話は、一般的には成立しにくい。
ただし関係が生じる場面はある。台湾人の配偶者と共同で不動産を検討する場合、農地と農舍が選択肢に入ってくることがある。価格が都市の住宅より低いので、魅力的に見える。
このとき確認すべき点は、その建物が農舍として建てられたものかどうかだ。農舍の場合、売買には転売制限や所有者資格の要件が絡む。建物登記と土地の地目を確認し、専門家に見てもらうのが安全だ。
不動産投資の全体像で触れられている利回りの話とは別に、農地・農舍は法的リスクの性質が異なる。地目が農地のままである物件は、通常の住宅とは違う世界にある。
制度の詳細は改正されうるので、実際の取引では全国法規資料庫の農業用地興建農舍辦法の現行条文と、該当県市の審査辦法を確認してほしい。
こういう見方もできる
田の中に建つ白い家を見て、制度の失敗と読むのは簡単だ。ただ、別の読み方もできる。
台湾の農業は、専業では成立しにくくなって久しい。農地を持ち続けるためには、農業以外の収入が必要だ。農舍制度は、農地に住宅としての価値を付与することで、農地の所有者に資産価値を与えた。売らずに持ち続ける理由を作った、という言い方もできる。
もちろん、それが農業の維持に繋がっているかは別問題である。持ち主が変わり、農業をやらない人が農地を持つようになれば、農地の物理的な形だけが残る。
風景は残り、機能は抜ける。宜蘭の水田に建つ家は、その途中の状態を記録しているように見える。田はまだ水を張られていて、家は農業をしていない。どちらが先に消えるのか、まだ決まっていないのだと思う。