台湾には8千人の「無給の民選公務員」がいる——里長という最小の政治単位
台湾の村里長は4年ごとに選挙で選ばれ、再選制限がなく、そして無給である。7,974の村里が行政の末端をどう支えているのか、その設計を読む。
台湾の住所を見ると、「○○里」という単位が入っていることがある。台北市大安區のある住所なら、區の下に里が来る。この里には長がいて、選挙で選ばれている。
驚くのは待遇だ。村里長は法律上、無給職である。事務補助費という名目で郷鎮市区公所が予算を組むが、給与ではない。4年に一度の選挙を戦い、当選しても給料は出ない。そして再選の回数制限がない。
無給で、選挙があり、無制限に続けられる。この三つの条件が組み合わさると何が起きるか。
台湾の行政区画の最下層
村・里は中華民国の第四級行政区画である。区・県轄市・鎮に属するものを里と呼び、郷に属するものを村と呼ぶ。台湾地区には合計7,974の村里があり、内訳は村が1,894、里が5,875。
村里の下には「鄰」という編組がある。鄰には鄰長が置かれる。鄰長は選挙ではなく、主に里長が遴聘する、つまり任命する形をとる。
一つの村里が抱える世帯数は100戸から4,000戸まで幅がある。地方制度法第59条に規定された職権は、郷鎮市区長の指揮監督を受けて村里の公務と委託事項を処理すること。実務としては、地域の要望を行政に伝える、政策の周知を手伝う、里民の活動を開催する、といった内容になる。
無給であることの帰結
給料が出ないなら、なぜやるのか。この問いへの答えが、里長という職の性格を決めている。
一つは、本業との相乗効果である。地域で商売をしている人が里長になると、地域の情報と人脈が本業に流れる。不動産、建設、保険、飲食。地域に密着した業種ほど、里長の立場が事業に効く。
もう一つは、政治的なキャリアの入口としての価値だ。里長から市議会議員へ、という経路は珍しくない。里の範囲で選挙に勝てることを実証すれば、より広い選挙区に挑戦する足場ができる。
三つ目は、単純に地域での立場である。里長は行政と住民の間に立つ唯一の民選職なので、地域内で相談が集まる。この位置に立ちたい人は常にいる。
無給という設計は、報酬ではなく「立場それ自体」を報酬にしている。金銭で払わないかわりに、権威と情報とネットワークで払う。
鄰長を任命する権限の意味
見落とされやすいのは、鄰長の遴聘権が里長の手にあるという点だ。
鄰は数十世帯の単位である。鄰長は、その範囲の住民と最も近い。回覧の配布、行政からの通知の伝達、選挙の際の声かけ。地面に最も近い接触面である。
里長がその接触面の人員配置を決められるということは、里長選挙の結果が、その下の数十人の配置を書き換えることを意味する。一つの選挙が、末端の人的ネットワークを丸ごと入れ替える可能性を持つ。
これは組織論として興味深い構造だ。企業なら部長が変わっても課長の人事は簡単に動かない。里のレベルでは、4年に一度の選挙で末端の人員配置がリセットされうる。柔らかい組織であり、同時に選挙の重みが下方向に増幅される構造でもある。
神経系の比喩で読む
生物の神経系には、中枢と末梢がある。中枢は判断し、末梢は感知して伝える。末梢が壊れると、中枢は外界の状態を知れない。
台湾の行政における村里長は、末梢神経に相当する。中央政府と直轄市は方針を決め、里長がそれを住民に届け、住民の状態を上に返す。台風の際の避難勧告、防疫期間の物資配布、高齢者の見守り。行政が個別の住民に届く最後の1メートルを、7,974人の無給の民選職が担っている。
災害時にこの仕組みが機能することは、台湾で何度も確認されてきた。里長は誰がどこに住み、誰が独居で、どの家に階段があるかを知っている。データベースには載らない情報である。
一方で、末梢神経が選挙で入れ替わるというのは、生物にはない仕組みだ。感覚の担い手が4年ごとに交代する。この不安定さと、選挙による正統性の獲得は、同じコインの両面である。
在住外国人との接点
日本人が里長に会う機会は、意外にある。
一つは証明や手続きの場面だ。居住の実態に関する確認、地域内の紛争の調停、ゴミ収集や騒音に関する相談。区公所に行く前に里長に相談する、というのが台湾の標準的な順序になっていることがある。
もう一つは、里が開催する活動である。里民大会、敬老の集まり、廟の祭りに関連する行事。参加は義務ではないが、近隣との関係を作る場としては効率が良い。廟が地域の集会所として機能している構造と、里の行政単位は多くの場合重なっている。
里長事務所は、たいてい里の中の目立つ場所にあり、看板に名前と連絡先が書かれている。自分の住所がどの里に属するかは、区公所の案内か住所表記から確認できる。住所の巷と弄の階層を辿ると、その上位に里があることが見えてくる。
外国人は村里長選挙の投票権を持たない。ただし里長の側は、自分の里の住民としてきちんと扱ってくれることが多い。選挙権の有無と、行政サービスの対象かどうかは別の話である。
こういう見方もできる
日本の町内会と比べると、性質の違いがはっきりする。町内会長は任意団体の代表であり、行政上の職ではない。里長は地方制度法に根拠を持つ民選の公職である。
台湾は、地域コミュニティの代表を法定の行政職として制度に組み込んだ。無給にすることで財政負担を抑え、選挙にすることで正統性を与えた。安く、そして民主的に、行政の末端を確保する設計である。
この設計が持つ弱点は、無給であるがゆえに就く人の属性が偏ることだろう。本業に余裕があり、地域で何かを得られる立場の人が集まりやすい。全体の代表性という意味では制約がある。
それでも、7,974の里に選挙で選ばれた誰かが座っていて、その人が近所の高齢者の顔と名前を知っている。行政の効率をシステムで解こうとする発想からは出てこない解き方だと思う。