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アメリカの鉄道Amtrakはなぜ遅れるのか——貨物優先の線路事情

定時運行率が約70%のAmtrak。遅延の最大の原因は「線路が貨物会社のもの」という事実にあります。アメリカ鉄道の構造を解説。

2026-05-02
鉄道Amtrak交通

この記事の日本円換算は、1USD≒155円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(USD)の金額を基準にしてください。

日本の新幹線の平均遅延時間は1分未満。アメリカのAmtrak(全米旅客鉄道公社)の長距離列車の定時運行率は約50〜55%です(Amtrak, FY2023)。半分近くの列車が遅れる。数時間の遅延は日常的で、10時間以上の遅延も珍しくない。

これは運行が雑だからではありません。Amtrakが走る線路の約97%は、Amtrakのものではないからです。

線路は貨物会社のもの

アメリカの鉄道は元々民間企業が運営していました。20世紀半ばにモータリゼーション(自動車の普及)と航空産業の成長で旅客鉄道が衰退。1971年に連邦政府がAmtrakを設立して旅客鉄道を引き受けましたが、線路は民間の貨物鉄道会社の所有のままです。

Amtrakが走る線路のうち、Amtrakが自社で保有しているのは主に北東回廊(ボストン〜ニューヨーク〜ワシントンD.C.、約735km)のみ。それ以外の路線では、BNSF Railway、Union Pacific、CSX Transportation、Norfolk Southernなどの貨物鉄道会社の線路を借りて走っています。

法律上はAmtrakに「優先通行権」がありますが(Rail Passenger Service Act)、実態としては貨物列車が優先されるケースが多い。貨物列車の退避待ちがAmtrakの遅延原因の約半分を占めるとAmtrak自身が報告しています。

路線ごとの遅延の違い

Amtrakの路線は大きく3つに分けられます。

北東回廊(NEC: Northeast Corridor)

  • ボストン〜ニューヨーク〜ワシントンD.C.
  • Amtrak自社線路のため定時運行率は約80〜85%
  • Acela(高速列車)はニューヨーク〜ワシントンD.C.を約2時間50分で結ぶ
  • 片道料金は$49〜$300以上(約7,600〜46,500円以上、時期・クラスによる)

州支援の短距離路線(State-Supported Routes)

  • カリフォルニアのPacific Surfliner、イリノイのLincoln Serviceなど
  • 州政府が運営費の一部を負担
  • 定時運行率は路線によって60〜90%程度

長距離路線(Long-Distance Routes)

  • シカゴ〜ロサンゼルスのSouthwest Chief(約43時間)、シカゴ〜サンフランシスコのCalifornia Zephyr(約51時間)など
  • 定時運行率は50〜55%
  • 数千マイルを走るため、途中の遅延が累積する

Amtrakの実際の使い方

在住日本人がAmtrakを日常的に使うケースはそこまで多くありません。しかし、以下の場面では合理的な選択肢になります。

北東回廊の都市間移動:ニューヨーク〜ワシントンD.C.はAmtrakの方が空港アクセスの時間を考えると飛行機と同等かやや速い。マンハッタンのPenn StationからD.C.のUnion Stationまでドア・ツー・ドアで約3時間。

荒天時の代替手段:冬場にニューヨーク〜ボストン間の飛行機がキャンセルになった場合、Amtrakはほぼ確実に動いている(遅延はするが運休は少ない)。

車窓の旅:California Zephyr(シカゴ〜サンフランシスコ)はロッキー山脈・シエラネバダ山脈を通過する景観ルートとして知られ、ラウンジカーから見える絶景は飛行機では得られない体験です。

料金と予約

Amtrakの料金は日本の鉄道と違い、航空券のように変動します。

  • Coach(普通席):北東回廊で$49〜$200程度
  • Business Class:$100〜$300程度
  • Acela First Class:$200〜$400以上
  • Roomette(個室寝台):長距離列車で$200〜$800以上(食事付き)
  • Bedroom(大型個室寝台):$400〜$1,500以上(食事付き)

早期予約が安い傾向があるのは航空券と同じです。Amtrakアプリまたはウェブサイトで予約・発券ができ、駅での紙のチケット購入はほぼなくなっています。

なぜ改善されないのか

Amtrakの赤字は設立以来ほぼ毎年続いています。2023年度の売上は約$3.6 billion(約5,580億円)に対し、連邦政府からの補助金は約$2.3 billion(約3,565億円)。「半官半民」の組織として、投資判断が政治に左右される構造です。

2021年のInfrastructure Investment and Jobs Act(インフラ投資法)でAmtrakに$66 billion(約10.2兆円)の投資が決まり、北東回廊の改良や新路線の計画が進んでいます。しかし「貨物会社の線路を借りて走る」という根本的な構造が変わらない限り、長距離列車の遅延は構造的に解決が難しい。

日本の鉄道は旅客会社が線路を所有し、ダイヤ通りに列車を走らせることに最大の価値を置く。アメリカの鉄道は貨物会社が線路を所有し、コンテナを効率よく運ぶことに最大の価値を置く。同じ「鉄道」でも、優先するものが根本的に違います。Amtrakの遅延は運行の失敗ではなく、アメリカが鉄道をどう位置づけてきたかの結果です。

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