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フードデザートとは何か——スーパーのない街で暮らすアメリカの現実

アメリカの約1,900万人がスーパーから1マイル以上離れた「フードデザート」に住んでいます。食の格差の構造と在住者が見る現実を解説。

2026-05-02
フードデザート食文化格差

この記事の日本円換算は、1USD≒155円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(USD)の金額を基準にしてください。

アメリカには「スーパーマーケットがない街」が存在します。コンビニとファストフードだけが並ぶ通り。新鮮な野菜や果物を買うには車で30分走らなければならない住宅地。これを「フードデザート(Food Desert=食の砂漠)」と呼びます。USDAの推計では、約1,900万人のアメリカ人がフードデザートに暮らしています(USDA Economic Research Service, 2023年)。

フードデザートの定義

USDAの定義では、フードデザートは以下の条件を満たす地域です。

  • 都市部:最寄りのスーパーマーケットまで1マイル(約1.6km)以上
  • 農村部:最寄りのスーパーマーケットまで10マイル(約16km)以上

ここでいう「スーパーマーケット」とは、生鮮食品を含む幅広い食品を扱う大型店舗を指します。ドラッグストアやダラーストア(Dollar General、Dollar Tree)は含まれません。

なぜスーパーが撤退するのか

フードデザートは自然にできたものではありません。経済的な論理で形成されています。

利益率の問題:スーパーマーケットの利益率は1〜3%と薄い。低所得地域では客単価が低く、万引き被害率が高い傾向がある。チェーンは利益が出ない店舗を閉鎖する。

歴史的な都市計画:レッドライニング(1930〜60年代に金融機関が有色人種の多い地域への融資を拒否した慣行)の影響で、特定地域への投資が長期にわたって抑制された。その結果、商業施設が育たなかった地域が今もフードデザートとして残っています。

車社会の前提:アメリカの街は車での移動を前提に設計されています。車を持たない世帯にとって、1マイル先のスーパーは「歩いて行けない距離」です。

フードデザートで何が起きているか

スーパーがない地域で手に入る食品は限られています。

ダラーストアの拡大:Dollar GeneralやDollar Treeは全米で約3万8,000店舗以上を展開し(2024年時点)、フードデザート地域にも出店しています。ただし生鮮食品の取り扱いはほとんどなく、缶詰・冷凍食品・スナック菓子が中心です。

コンビニエンスストア依存:ガソリンスタンド併設のコンビニで食料を買う住民が多い地域があります。コンビニの食品はカロリーあたりの単価が高く、栄養価は低い傾向にあります。

健康への影響:フードデザート地域では肥満率・糖尿病罹患率が周辺地域より高い傾向がCDC(疾病対策予防センター)のデータで示されています。ただし、スーパーを作れば健康が改善するかどうかは研究者の間で議論が続いています。

「フードスワンプ」という別の見方

近年、研究者の間では「フードデザート」よりも「フードスワンプ(Food Swamp=食の沼地)」の方が問題だという議論もあります。フードスワンプとは、スーパーマーケットはあるが、それ以上にファストフード店やジャンクフード販売店が密集している地域のこと。

つまり「選択肢がない」のではなく「不健康な選択肢が圧倒的に多い」環境。ファストフードチェーンの$1メニューと、スーパーの$5のサラダキットが並んだとき、限られた予算の中でどちらを選ぶか——という構造的な問題です。

在住日本人の視点

日本人がアメリカに住む場合、フードデザート地域に暮らすことは比較的少ないかもしれません。しかし、通勤経路や旅行先で「スーパーが一軒もない街」を通ることはあります。

印象的なのは、同じ都市の中での落差です。ニューヨークのマンハッタンにはWhole Foodsやトレーダージョーズが徒歩圏に複数あるのに、ブルックリンの一部地域やサウスブロンクスでは生鮮食品を買うのに何ブロックも歩く必要がある。東京で例えるなら、港区にはスーパーが溢れているのに、隣の区にはコンビニしかない——という状態です。実際には東京でそんなことは起きませんが、アメリカでは起きています。

解決の試みとその限界

各地で対策は進んでいます。

  • 移動販売車(Mobile Markets):トラックで生鮮食品を販売する取り組みがフィラデルフィア、シカゴなどで実施されている
  • SNAP(フードスタンプ)のオンライン利用拡大:AmazonやWalmartでのオンライン購入にSNAPが使えるようになった
  • コミュニティガーデン:住民が自分で野菜を育てる取り組み

ただし、大型スーパーを誘致しても利用が伸びなかったケースも報告されています。2013年にピッツバーグでフードデザート地域にスーパーを開設した事例では、住民の食生活に統計的に有意な変化は見られなかったという研究結果があります(Journal of the Academy of Nutrition and Dietetics, 2015年)。

「スーパーがないから食べられない」のか、「食べられない人がいる場所からスーパーが撤退した」のか。フードデザートの問題は、食の問題であると同時に、所得・交通・都市計画・人種の問題でもあります。

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