アメリカの公共図書館は「無料のコワーキング」か——17,000館の社会インフラ
全米17,000館の公共図書館は本を借りるだけの場所ではありません。Wi-Fi・PC・3Dプリンター・語学教室まで提供する社会インフラの実態を紹介。
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アメリカの公共図書館は、マクドナルドの店舗数(約13,400)よりも多い。全米に約17,000館(IMLS, 2022年)。人口あたりの図書館密度は日本の約5倍です。しかしこの数字以上に驚くのは、そこで何が行われているかです。
本を借りる場所ではない
もちろん本はあります。しかしアメリカの公共図書館が提供しているサービスの幅は、日本の図書館とは比較にならないほど広い。
一般的なアメリカの公共図書館で利用できるもの:
- 無料Wi-Fi・PC・プリンター(多くの図書館で無料、一部は印刷にページ単価あり)
- 電子書籍・オーディオブック(Libby/OverDriveアプリで無料ダウンロード)
- DVD・Blu-ray(映画・ドキュメンタリーの無料レンタル)
- 会議室(予約制、無料〜低額)
- ESL(英語)クラス
- 市民権テスト対策講座
- 確定申告の無料支援(VITA: Volunteer Income Tax Assistance)
- 子ども向けプログラミング教室
- 3Dプリンター・レーザーカッター(Makerspace併設の図書館)
ニューヨーク公共図書館(NYPL)やシカゴ公共図書館では、ポータブルWi-Fiホットスポットの貸し出しも行っています。自宅にインターネット環境がない人が、図書館からWi-Fiルーターを借りて帰る——デジタルデバイドへの対策です。
なぜここまで充実しているのか
アメリカの公共図書館の手厚さには歴史的な背景があります。
カーネギー図書館の遺産:鉄鋼王アンドリュー・カーネギーは1883年から1929年までに、全米に約1,689館の図書館を寄贈しました。カーネギーの理念は「知識へのアクセスは全ての人に平等であるべき」——この思想がアメリカの公共図書館文化の基盤になっています。
地方自治の財源:公共図書館の運営費は主に地方税(Property Tax=固定資産税)で賄われています。図書館のための独立した税率が設定されている自治体もあり、住民投票で図書館予算が直接決まるケースもあります。自分が納めた固定資産税の一部が図書館に行っている——だから住民は「使い倒さないともったいない」と考える。
図書館カードの取得方法
ほとんどの公共図書館で、居住証明(公共料金の請求書・賃貸契約書など)と身分証明書があればその場で図書館カードを無料で発行してもらえます。ビザの種類は問われません。観光客でも一時利用カードを発行する図書館もあります。
図書館カードがあれば、その図書館システムに属する全分館が利用可能です。ニューヨーク市では、NYPL・Brooklyn Public Library・Queens Public Libraryの3システムで合計217館が利用でき、システム間の相互貸借も可能です。
在住日本人にとっての図書館
アメリカの公共図書館は、在住日本人にとって意外と使える場所です。
ESLクラス:多くの図書館が無料の英語クラスを提供しています。レベル別で週1〜2回、予約不要の場合も多い。民間の英語スクールに通う前に試す価値があります。
子育て支援:Storytime(読み聞かせの会)は幼児〜小学校低学年向けに平日午前中に開催されていることが多い。子どもの英語環境づくりと、親のコミュニティ形成の場になっています。
リモートワークのスペース:カフェで$5のコーヒーを買い続けるよりも、図書館の閲覧室でWi-Fiを使って仕事をする方が合理的です。電源のあるデスク、静かな環境、無料のWi-Fi。ただし飲食禁止の図書館も多いので、長時間作業する場合は事前に確認を。
日本語の本:大都市の図書館には日本語コレクションを持つところもあります。ロサンゼルス公共図書館やサンフランシスコ公共図書館は日本語の書籍・雑誌の蔵書があります。
「Library of Things」という新潮流
一部の図書館では「Library of Things(モノの図書館)」として、本以外のモノの貸し出しを始めています。
- 工具セット(電動ドリル・ノコギリなど)
- 釣り竿
- ボードゲーム
- 楽器(ウクレレ・ギターなど)
- キッチン用品(ケーキ型・アイスクリームメーカーなど)
- 州立公園の入場パス
「年に1回しか使わないものを、全員が所有する必要はない」という考え方です。
図書館と政治
アメリカの公共図書館は、近年政治的な論争の舞台にもなっています。特に2021年以降、特定の書籍(LGBTQ+関連・人種問題関連)の排除を求める動きが一部の州で活発化し、図書館員への脅迫事件も報告されています。ALA(アメリカ図書館協会)は2023年に4,240件の書籍排除要求を記録しており、これは過去最多です。
一方で、図書館は「全ての人に開かれた場所」としての機能を維持しようとしています。ホームレスの人々のシェルター、移民の英語教育の場、高齢者の社交の場——図書館がこれらの役割を担っているのは、アメリカに他にその機能を果たす公共施設が少ないからでもあります。
公民館・児童館・区民センターといった施設が充実している日本から来ると、アメリカの公共図書館が「全部やっている」ことに驚きます。裏を返せば、図書館以外の公共インフラが手薄だからこそ、図書館にあらゆる機能が集約されている。17,000館の図書館は、アメリカの公共サービスの「最後の受け皿」として機能しています。