シリコンバレーで解雇された日本人はどこへ行くか。H-1Bビザと60日間の猶予
H-1Bビザ保持者が解雇されると、就労資格は60日以内に失効する。次の職、ビザ切り替え、帰国か別の国か。2023〜2024年の大規模レイオフを経た人たちが直面した選択を整理する。
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2023年1月。メタ、アマゾン、マイクロソフト、グーグル——テック大手が相次いで大規模レイオフを発表した。日本人エンジニアのSlackには「解雇されました」のメッセージが流れ始めた。彼らが最初に確認するのは給与明細でも退職金でもなく、ビザの残り日数だった。
60日間ルールの正確な意味
H-1Bビザ保持者が解雇(Termination)された場合、法的に許容される「猶予期間(Grace Period)」は60日間だ。これは2017年のDHS規則改定で明確化されたルール。
60日間の意味を正確に理解しておく必要がある。この期間中にできることは「別の就労ビザへの申請」か「帰国の準備」だ。60日を超えてアメリカに居続けると、不法滞在となりその後のビザ申請に影響が出る。
解雇通知を受けた日が起点になる。有給消化(Paid Administrative Leave)や退職金支払いの期間があっても、解雇日からカウントが始まると解釈されることが多い。この点は会社側のHR担当者や移民専門弁護士に確認するのが確実だ。
60日以内にできること
1. 別の雇用主にH-1Bを移転してもらう(H-1B Transfer)
最も多い選択肢。新しい雇用主がH-1B転籍申請を提出した時点で合法的就労が継続できる。ただし転籍申請が受理(Receipt)されても承認(Approval)まで数週間〜数ヶ月かかる。
60日以内に次の会社から内定をもらい、H-1B転籍を申請してもらうタイムラインは、現実的にはかなりタイトだ。特に面接〜オファー〜申請書類準備まで含めると1〜2ヶ月はあっという間に過ぎる。
2. OPTへの切り替え(学生ビザ F-1 + OPT)
アメリカの大学・大学院を卒業したSTEM系専攻の場合、**OPT(Optional Practical Training)**として最大3年間の就労許可を得られる可能性がある。
ただしOPTを使った後にH-1Bに移行した人が再度OPTに切り替えることは原則できない。また、STEMでない専攻の場合は1年間のみ。
3. O-1ビザへの切り替え
業界で卓越した実績を持つ人は、O-1ビザへの切り替えを検討できる。H-1Bと違い抽選がなく、雇用主スポンサーがいれば申請できる。ただし「卓越した能力(Extraordinary Ability)」の証明に必要な書類を60日以内に揃えるのは現実的に難しい場合が多い。
4. 配偶者のビザへの付帯(E-3/L-2等)
配偶者がL-1/E-2/E-3ビザを保持していれば、付帯ビザ(L-2/E-2S等)への切り替えで合法的に滞在を維持できる。配偶者が就労許可を持つビザに付帯する場合、自分も就労許可申請(EAD)ができることもある。
「次の職を見つけるまで」の現実
テック系のレイオフ波が重なった2023〜2024年、求職市場は厳しかった。LinkedInのデータによると、2023年のテック求人数は2022年比で大幅に減少し、応募倍率が上昇した。
H-1B保持者に特有の問題がある。採用側企業は「ビザスポンサー(transfer)が必要かどうか」を選考の早い段階で確認する。「Yes」と答えた時点で選考から外れる企業は少なくない。特に中小企業はスポンサーを嫌がる傾向がある。
求人広告の「Visa sponsorship not available」という記載が示す現実だ。FAANG(現MAGMA)クラスの大企業や特定のスタートアップはスポンサーに前向きなことが多いが、総じて選択肢が狭まる。
帰国するか、別の国へ行くか
60日で解決しない場合、大きく2つの選択肢に分かれる。
帰国(日本へ戻る): 日本のテック市場は近年活況で、英語力とアメリカの職歴を持つエンジニアへの需要が高まっている。給与水準はアメリカより低いことが多いが、生活コストも下がる。日本のテックスタートアップへの転職や、外資系企業の日本拠点という選択肢もある。
別の国へ移る: カナダのExpress EntryやTech Talent Strategy、シンガポールのTech.Pass、オーストラリアのTSS(482)ビザなど、他国の就労ビザで活路を見出す日本人もいる。カナダは技術職の受け入れに積極的で、アメリカでの職歴はプラスに評価される。
シリコンバレー大規模解雇の背景
2022年後半〜2024年にかけてのレイオフ規模を整理する。
| 企業 | 解雇人数(概数) | 時期 |
|---|---|---|
| メタ | 約21,000人 | 2022年11月〜2023年3月 |
| アマゾン | 約27,000人 | 2022年11月〜2023年3月 |
| グーグル(Alphabet) | 約12,000人 | 2023年1月 |
| マイクロソフト | 約10,000人 | 2023年1月 |
| Salesforce | 約8,000人 | 2023年1月〜3月 |
背景にあるのは、コロナ禍の特需(デジタル化加速・EC拡大)を見越した過剰採用と、その後の業績正常化・金利上昇局面での投資家圧力だ。
「シリコンバレーの雇用はいつでも切られる」という認識は、テック業界に入った時点から持っておく必要がある。H-1Bビザとの組み合わせは、雇用の不安定さをビザ問題に直結させる構造的な弱点を持つ。
60日というタイムラインは、精神的には追い詰められる数字だ。ただ実際には、経歴が明確で英語力があれば、60日で次の雇用主を見つけるケースは珍しくない。問題は準備がなかった場合——ビザの制度を理解していない、弁護士のコンタクトがない、貯金がない——その三つが揃うと一気に選択肢が狭まる。
参考: DHS「H-1Bビザ猶予期間に関する規則(2017年)」、Layoffs.fyi「テック業界レイオフトラッカー」、USCIS「H-1B転籍手続き」、Bureau of Labor Statistics「テック業界雇用統計」