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住所に斜線が3本入る国——ベトナムの番地システムが都市の成り立ちを語る

ベトナムの住所には 123/45/6 のようにスラッシュが連なる。この番号の付け方は路地の階層構造をそのまま写したもので、都市が どう増殖したかの記録になっている。

2026-09-07
都市住所建築ベトナム

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ベトナムで名刺をもらうと、住所欄にこんな表記が並んでいることがあります。「123/45/6」。数字の間にスラッシュが二つ。初めて見ると誤植を疑いますが、正しい住所です。

このスラッシュは、都市がどう育ったかの化石です。

スラッシュは「奥へ入る」を意味する

大通りに面した建物には、通り名と番地がつきます。123番地、といった具合です。

その123番地の脇から細い路地(hẻm / ngõ)が奥に伸びていて、その路地の中にも家が並んでいる。この路地の中の家の住所が「123/45」になります。「123番地の路地の45番目」という意味です。

さらにその路地から別の路地が枝分かれしていれば、「123/45/6」になる。スラッシュ一つが「一段奥に入る」に対応しています。

つまりこの住所は座標ではなく、経路です。目的地の位置を示すのではなく、そこまでの行き方を記述している。

木構造としての都市

これはコンピュータのファイルパスと同じ構造です。/home/user/documents/file と書くとき、それぞれのスラッシュは階層を一つ下ることを意味する。ベトナムの住所は、都市を木構造として記述しています。

碁盤の目に整備された都市なら、住所は二次元の座標で足ります。何丁目何番地、と平面上の位置を指定できる。しかしベトナムの都市の多くは、大通りが先にあり、その裏側に人が住み着き、さらにその奥に住み着く、という順序で密度を上げてきました。

後から入った家に番号を振るには、既存の番号にぶら下げるしかない。結果として、住所が生成の履歴そのものになりました。

深さが生活水準に対応する

面白いのは、スラッシュの数が住環境とゆるく相関することです。

大通り沿いの物件は商業価値が高く、家賃も高い。バイクも車も横付けできる。一つ奥に入ると静かになり価格が下がる。さらに奥に入ると、バイクがすれ違えない幅の路地になり、消防車が入れないこともある。

住所の文字列を見ただけで、そこがどのくらい奥まった場所かがわかる。不動産広告で「大通り沿い(mặt tiền)」が強調されるのは、スラッシュがゼロであることが価値だからです。

在住者が部屋を探すとき、住所のスラッシュの数は最初のフィルターとして機能します。ゼロなら騒がしく便利、二つ以上なら静かで安いが、雨の日にタクシーが入れない可能性がある。

雨季には、この差が生活の質に直結します。路地の奥は排水の優先順位が低く、冠水したときに水が引くまでの時間が大通り沿いより長くなりやすい。内見のときに周辺の側溝を見ておくと、この判断材料が増えます。

配達ドライバーが到達するかどうか

実務的には、これが最も切実な問題です。フードデリバリーや荷物の配達で、奥まった住所は難易度が上がる。地図アプリは大通りの番地までは正確でも、路地の枝番までは追いきれないことがあります。

在住者の定番の対処は、住所に目印を添えることです。「〇〇のカフェの隣の路地を入って左」といった説明を添えると到達率が上がる。ドライバーから電話がかかってきて、ベトナム語で場所を説明する場面も避けられません。

日本から荷物を送ってもらうときも、同じ問題が出ます。配達員が路地の入口で立ち往生し、電話が鳴る。確実に受け取りたいなら、自宅ではなく会社の住所を送り先にするほうが早い場合が多い。平日の日中に人がいる場所という条件が、路地の奥では満たしにくいからです。

これに備えて、自宅までの道順をベトナム語の短い定型文で用意しておく人もいます。翻訳アプリで作った文章をメモに保存しておき、電話が来たら読み上げる。原始的ですが、効きます。

番号が飛ぶ・重複する

さらに厄介なことに、番号が連続していない場所があります。増改築や分筆の履歴で、番号が飛んだり枝番が追加されたりする。同じ通りに似た番号が離れた場所に存在することもある。

これは制度の欠陥というより、都市が生き物として増殖してきた結果です。生物の器官が進化の過程で場所を変えたり重複したりするのと同じで、後から見ると不合理でも、成長の過程としては自然です。

ハノイ旧市街の36通りのように、通りの名前そのものが職業の集積を記録している例もあります。通り名が業種を、番地が路地の深さを記録する。ベトナムの住所は二重に履歴書を兼ねています。

住所を読むと街が読める

ベトナムの住所は、日本の住所より情報量が多い。位置だけでなく、そこがどういう性格の場所かを含んでいる。

スラッシュがゼロの住所に住む人と、スラッシュが二つの住所に住む人では、日常の音も、通勤の手段も、雨の日の行動も違う。同じ通りの名前を共有しながら、生活は別のものになる。

名刺の住所欄のスラッシュを数える。それだけで、相手の店や事務所がどんな場所にあるか、ある程度想像がつくようになります。ベトナムの都市を読む、地味だけれど確実な手がかりです。

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