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アオザイは制服であり、抵抗であり、ファッションである

ベトナムの民族衣装アオザイは、フランス植民地時代の改良を経て、戦時中は封印され、現代は日常着からフォーマルウェアへと変貌した。1枚の衣服に国家の歴史が圧縮されている。

2026-05-07
ベトナムアオザイファッション文化歴史

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ベトナムの女子高校生は、毎週月曜日に白いアオザイを着て登校する。

制服として義務化されている学校が多く、卒業式でも白いアオザイが定番だ。航空会社のCAはアオザイを着る。銀行の窓口スタッフも着る。結婚式では赤いアオザイが主役になる。しかし街を歩く普通の女性がアオザイを着ている場面は、ほとんどない。

アオザイは「毎日着るもの」ではなく「着る場面が決まっているもの」に変わった。日本の着物と似た立ち位置だが、使用頻度は着物よりはるかに高い。この微妙なポジションが、ベトナム人のアオザイに対する感情を複雑にしている。

フランスが「改良」した衣服

アオザイの原型は17〜18世紀の宮廷衣装に遡る。ゆったりとした長衣で、現在のシルエットとはかなり違った。

現在の体のラインに沿ったフォルムは、1930年代にフランス植民地下のハノイで生まれた。画家のカット・トゥオン(Cát Tường)がパリのファッションからインスピレーションを得て、従来のアオザイにダーツを入れ、身体に沿うシルエットに再設計した。これが「アオザイ・ルムール(Áo dài Le Mur)」と呼ばれた。

植民地権力の文化的影響のもとで生まれた「モダンなアオザイ」は、ベトナムの知識層に受け入れられた。衣服が、伝統と近代化の接点になった瞬間だ。

戦争とアオザイの消失

1960〜70年代、南ベトナムではアオザイが女性のフォーマルウェアとして広く着用されていた。サイゴンの街頭写真にはアオザイ姿の女性が多く写っている。

一方、北ベトナムでは状況が違った。社会主義政権下で「ブルジョワ的な衣服」と見なされ、アオザイの着用は推奨されなかった。戦時下の実用性もあり、女性は軍服や作業着を着た。

1975年の南北統一後、南部でもアオザイは公的な場面から姿を消した。社会主義的な価値観のもとで、「身体のラインを強調する衣服」は批判の対象になり得た。

アオザイが再び表舞台に戻ったのは、1986年のドイモイ(経済開放政策)以降だ。市場経済の導入とともに文化的な規制が緩み、1990年代にアオザイは「ベトナムの誇り」として再評価された。

現代アオザイの経済学

今のアオザイ市場は、大きく3つの価格帯に分かれる。

学生用の白いアオザイは既製品で30万〜50万VND(約2,000〜3,300円)。量産品で品質もそれなりだ。ビジネス用やフォーマル用のオーダーメイドは100万〜300万VND(約6,600〜2万円)が相場で、生地と仕立ての質が上がる。デザイナーブランドの高級アオザイは500万VND(約3.3万円)を超え、刺繍や手描きのアート作品に近いものもある。

ホーチミンのデザイナーたちは、アオザイを「伝統衣装」の枠から「ファッション」へ引き上げようとしている。デニム素材のアオザイ、ストリート系のアオザイ、ジェンダーレスのアオザイ。伝統を崩すことへの批判もあるが、若い世代のデザイナーは「着たいと思われなければ生き残れない」と考えている。

男性のアオザイという存在

アオザイに「男性用」があることは、意外と知られていない。結婚式の新郎衣装として着用されるほか、宮廷音楽(ニャーニャック)の演奏者が着る。日常的に着る男性はまずいない。

歴史的には男性もアオザイを着ていた。阮朝の官僚は男性用アオザイを着用していたし、20世紀前半までは男性の礼装でもあった。しかし西洋化の波で男性はスーツに移行し、アオザイは「女性の衣服」というイメージが定着した。

旅行者が見るアオザイ、住む人が見るアオザイ

ホイアンやホーチミンの旧市街では、観光客向けのアオザイレンタル&撮影サービスが盛況だ。1回のレンタルで20〜50USD(約3,100〜7,750円)、プロのカメラマン付きパッケージなら100USD(約1.6万円)を超える。インスタグラム向けの消費だ。

一方、ベトナムに住む日本人にとってのアオザイは、また別の意味を持つ。取引先のベトナム企業を訪問すると受付の女性がアオザイを着ていたり、テトの時期に街が色とりどりのアオザイで埋まったりする。衣服というより、その場の空気を規定する装置に近い。

1枚の布が、植民地の記憶と、社会主義の抑圧と、資本主義の復活と、現代のファッションビジネスを同時に内包している。アオザイを見て「きれいな衣装だな」で終わるのは、もったいない。


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