Kaigaijin
海外在住日本人のメディア
文化・社会構造の分析

アオザイはなぜ学校の制服なのか——ベトナムの国服が担う文化的アイデンティティ

ベトナムのアオザイは学校の制服として毎週着用される。民族衣装が日常着として生き残った背景には、フランス植民地時代の改良、戦後の政治利用、現代のファッション化がある。

2026-05-29
アオザイ制服文化ファッションアイデンティティ

この記事の日本円換算は、1USD≒155円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(USD)の金額を基準にしてください。

日本の着物を日常的に着る人は人口の1%もいない。ベトナムのアオザイ(Áo dài)は違う。毎週月曜日、全国の高校で女子生徒がアオザイを着て登校する。白いアオザイに白いパンツ。これは校則だ。

民族衣装が現役の日常着として機能している国は、世界的に見ても珍しい。

アオザイの変遷

現在のアオザイの形——体にフィットした長い上衣とゆったりしたパンツ——は、1930年代にフランス植民地時代のハノイで生まれた。デザイナーのカット・トゥオン(Cát Tường)がフランスのモード感覚を取り入れて伝統衣装を改良したとされる。

それ以前のアオザイはもっとゆったりしていた。19世紀のアオザイは中国の旗袍(チーパオ)に近い形状だった。フランスの影響で身体のラインを見せるシルエットに変わった——植民地主義の遺産が民族衣装の形を変えたという皮肉がここにある。

政治とアオザイ

ベトナム戦争期、南ベトナム(サイゴン)ではアオザイが都市女性のファッションとして花開いた。マダム・ヌー(ゴ・ディン・ヌーの妻)がアオザイを国際外交の場で着用し、ベトナムのソフトパワーの象徴にした。

北ベトナムでは革命の文脈でアオザイが一時的に「ブルジョワ的」と見なされたが、統一後(1975年以降)はベトナム全体の国民的衣装として再統合された。2000年代以降、政府はアオザイをベトナム文化のアイコンとして積極的にプロモーションしている。

学校制服としてのアオザイ

公立高校では週に1回(通常月曜日)がアオザイの日と定められている。一部の私立学校やインターナショナルスクールでは適用されない。

白いアオザイは高校生の制服カラーだ。大学生や社会人は色やデザインを自由に選べる。結婚式や正月(テト)では赤や金色のアオザイが着用される。

男性のアオザイ

アオザイは女性だけの衣装ではない。男性用のアオザイも存在し、結婚式やテトで着用される。だが日常的に男性がアオザイを着ることはほぼない。男性のアオザイは儀礼的な場に限定されている。

在越日本人とアオザイ

ベトナムに赴任した日本人女性がテトの社内行事でアオザイを着ると、ベトナム人スタッフに非常に喜ばれる。オーダーメイドで作る場合、生地代+仕立て代でVND 800,000〜3,000,000(約$32〜$120)程度。ホーチミンのGo Vap区やハノイのHang Gai通りにオーダーメイド店が集中している。

採寸から完成まで3〜7日。旅行者でも帰国前に受け取れるスケジュールで作れる。ただし「安い店」で作ると縫製が雑なことがある。Googleレビューで評価の高い店を選ぶか、在住の日本人に店を紹介してもらうのが確実だ。

アオザイを着てハノイの旧市街を歩くと、地元の人たちが「Đẹp quá!(きれい!)」と声をかけてくる。民族衣装を外国人が着ることへの抵抗感は、ベトナムにはほとんどない。

コメント

読み込み中...