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食文化と日本食事情

バインセオは南部料理だった——ベトナム南北で食べ物の名前も味も変わる構造

ベトナムの南北で同じ料理の名前・味・食べ方が異なる。バインセオ、フォー、バインミーの地域差から、ベトナムの食文化の南北分断を読み解く。

2026-05-29
バインセオ南北食文化地域差料理

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ホーチミンで食べたバインセオ(Bánh xèo)をハノイで注文したら、全く別の料理が出てきた。ホーチミンのバインセオは直径30cmの大きなクレープ状。ハノイのそれは手のひらサイズの小さな焼き菓子だ。

ベトナム料理は「ベトナム料理」という一枚岩ではない。南北1,650kmの距離が、食文化を別のものにしている。

フォーの南北戦争

フォー(Phở)は北部ハノイが発祥だ。ハノイのフォーはスープが透明で、具はシンプル。牛肉の薄切り、ネギ、コリアンダー。調味料はテーブルにある酢と唐辛子だけ。

ホーチミンのフォーは別世界だ。スープは甘みが強く、テーブルにはモヤシ、バジル、ライム、唐辛子、ホイシンソース、シラチャーソースが山盛りで出てくる。自分で好きなだけ足す。

ハノイ人に「フォーにホイシンソースを入れるか」と聞くと、多くが顔をしかめる。それは南部の食べ方であって、ハノイのフォーを汚す行為だという感覚がある。

コーヒーの甘さ

ベトナムコーヒー(Cà phê)も南北で変わる。ホーチミンのカフェスア(コンデンスミルク入り)は甘さが強い。ハノイのカフェスアは比較的控えめ。

ハノイ名物のカフェ・チュン(Cà phê trứng、卵コーヒー)は、卵黄とコンデンスミルクを泡立てたクリームをコーヒーの上に載せたもの。これはホーチミンではほとんど見かけない。

呼び名が変わる食材

食材北部(ハノイ)南部(ホーチミン)
パクチーmùingò
パイナップルdứathơm
おかゆcháocháo(同じだが味付けが異なる)
生春巻きnem cuốngỏi cuốn
揚げ春巻きnem ránchả giò

同じ「nem」という言葉が、北部では「揚げ春巻き」、南部では「生春巻きの一種」を指す。注文時に混乱することがある。

背景にある歴史

ベトナムは1954年のジュネーブ協定で南北に分断され、1975年の統一まで21年間、別の国として存在した。食文化の違いはそれ以前からあったが、分断期間中に南部はアメリカ・フランスの影響を、北部は中国の影響を強く受けた。

ホーチミンの料理が甘いのは、南部の温暖な気候で砂糖(サトウキビ)が豊富だったことに加え、フランス料理のソース文化の影響がある。ハノイの料理がシンプルなのは、北部の厳しい冬と、質素を美徳とする儒教的価値観の反映だ。

在越日本人の食生活

ハノイ在住の日本人がホーチミンに出張すると「味が濃くて甘い」と感じ、ホーチミン在住の日本人がハノイに行くと「味がしない」と感じる。どちらに先に住んだかで味覚の基準が決まる。

両方の都市に住んだことがある日本人は少数派だが、彼らが「ベトナムは2つの国だ」と言うのを聞くと、食文化の差がそのまま文化的アイデンティティの差であることがわかる。

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