ドイモイ前後で、ベトナムの「普通」が別の言語になった
1986年のドイモイ政策を境に、ベトナムでは同じ国の中で価値観の前提が断絶した世代が生まれた。その断層は今も日常の中に見えている。
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ベトナムでは「ドイモイ前後」という言い方が、世代を区切る最も素朴な軸になっている。
1986年12月、ベトナム共産党第6回党大会でドイモイ(Đổi Mới、「刷新」の意)が正式に決議された。市場経済の導入、外資の解禁、農業の個人営農化——計画経済から社会主義的市場経済への転換だ。これを境に、ベトナムで「豊かさ」「お金」「働くこと」の意味が文字通り書き換わった。
ドイモイ前の世代が育った文脈と、ドイモイ後に育った世代の文脈は、同じ国語で会話できても、前提としている経済的現実が別物だ。これは比喩ではない。実際に起きていることだ。
ドイモイ前:お金を持つことが「恥」だった時代
ドイモイ以前のベトナムは、社会主義計画経済のもとにあった。農地は集団農場(合作社)が管理し、工場は国営、給与は国が決め、商業活動は制限されていた。
個人が財産を持つことは制度上認められていなかった。「豊かになる」という概念が、文字通り存在しなかった時代だ。
この時代を育ちとして持つ世代(現在60代以上)には、市場経済特有の行動原理——値段を交渉する、利益を最大化する、リスクを取って投資する——が文化的にすり込まれていない人が少なくない。ドイモイ後に急速に市場が開いたとき、この世代の一部は「商売は卑しいことだ」という感覚を抱えながら対応を迫られた。
音楽の比喩で言えば、40年間モノフォニー(単旋律)の中で育った耳に、突然ポリフォニー(多声音楽)を聴かせたようなものだ。音楽的に間違っているわけではないが、耳には「騒音」に聞こえる。
ドイモイ後:お金を話題にすることが「普通」になった
1990年代にドイモイの効果が出始め、2000年代には経済成長率が年7〜8%で推移した。ホーチミン・ハノイには外資系企業が参入し、現地採用の若者がドル建てに近い給与を得るようになった。
2000年代以降に成長期を過ごした現在の30〜40代の感覚は、ドイモイ前の世代とは別物だ。
- お金の話を同世代でオープンに話す(「今の月給いくら?」は普通の会話)
- 副業・起業を「自分を守る手段」として積極的に考える
- 子どもの教育に投資することを惜しまない(英語塾・私立校・留学)
- SNSで消費を見せることに違和感がない
日本の若者の消費行動と似た部分もあるが、背景にあるのは「ようやく許された豊かさへの強い引力」だ。バブル期の日本とも、また別の質感がある。
断層が見える場面
世代間の断層が最も可視化されるのは、家族間の意思決定場面だ。
典型例:地方から出てきた20代の子どもが「起業したい」と相談すると、ドイモイ前の価値観で育った親は「公務員になれ」と返す。親の世代にとって国家が雇用主であることは「安全」の最上位概念であり、それ以外はリスクだ。子どもの世代にとっては、むしろ公務員の給与水準(月給400〜600万VND、約2.4〜3.6万円)では生活が成り立たないという現実がある。
同じ数字を見ても、意味の重みが違う。一方にとっての「それだけあれば生きていける」が、もう一方にとっての「到底足りない」になる。
別の断層も存在する。南北の違いだ。ホーチミン(旧サイゴン)を中心とした南部は、統一前(1975年以前)に資本主義経済の下にあった。ドイモイは「計画経済から市場経済へ」の転換だったが、南部の年配者にとってはある意味「元に戻っただけ」の感覚があった。北部と南部では、ドイモイの意味が違う。
ハノイとホーチミンの「空気」の違い
ドイモイ後の世代が台頭したホーチミンと、歴史的に政治の中枢であり続けたハノイでは、街の空気が違う。
ホーチミンは東南アジアのビジネス都市として機能している。外資系企業のオフィス、スタートアップ、飲食のチェーン展開——動きのスピードが速い。「まずやってみる」という文化的重力がある。
ハノイは官僚機構と伝統文化の重みがある。意思決定が慎重で、人間関係のネットワーク(コネ)がビジネスを動かす力を持ちやすい。
どちらが「本当のベトナム」かという問いは成立しない。同じ歴史の断層が、都市の気質にも出ているということだ。
外から来た人間に見えること
ベトナムで日本人が働いたり生活したりするとき、この世代断層を知っているかどうかで、現地スタッフとのやりとりの読み解き方が変わる。
「なぜ若いスタッフは積極的なのに、年配スタッフは慎重なのか」——これは単なる個人の性格の違いではなく、育ってきた経済的現実の違いが反映されている可能性がある。「なぜ上司の指示への反論が少ないのか」——権威への従順さと、公的組織への依存という歴史が関係しているかもしれない。
社会の構造は、人の行動の前提になる。その前提を知らずに「なぜ〇〇なのか」と問い続けると、正確な答えにたどり着けない。
ドイモイという転換点は1986年だが、その影響はまだ現役で動いている。
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