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病室に家族が泊まり込む——ベトナムの入院に付き添いが必要な構造

ベトナムの公立病院では入院患者の身の回りの世話を家族が担うことが多い。看護の分担が日本と異なる背景と、在住外国人が入院するときの現実的な備えを整理する。

2026-09-17
医療入院家族ベトナム

この記事の日本円換算は、1USD≒161円で計算しています(2026年6月時点)。為替は変動するので、USDまたは現地通貨(VND)の金額を基準にしてください。

ベトナムの公立病院を訪れると、病棟の廊下に人が座り込んでいる光景に出会います。折りたたみのマットを敷いて休んでいる人、保温容器を抱えた人。患者ではなく、家族です。

ベトナムでは、入院した人の身の回りの世話を家族が担う前提が、かなりの範囲で生きています。

看護の範囲が違う

日本の病院では、食事の介助、清拭、体位の変換、トイレの付き添いといった生活の世話は看護師の業務に含まれます。家族の付き添いは原則不要で、むしろ制限されることが多い。

ベトナムの公立病院では、医療行為は医療者が担い、生活の世話は家族が担う、という分業が一般的に見られます。食事を運び、着替えを手伝い、必要なものを買いに行く。家族が病棟に常駐する理由はここにあります。

これは制度の遅れというより、医療資源の配分の違いとして理解したほうが正確です。看護師一人あたりが担当する患者数が多い環境では、医療行為に集中させ、それ以外を外部化するほうが全体としては回る。誰かが引き受けなければならない仕事を、誰に配分するかという問題です。

私立病院・国際病院では事情が違う

一方、外国人がよく利用する私立の国際病院やクリニックでは、日本や欧米に近い運用がとられていることが多い。看護スタッフの人数に余裕があり、生活の世話も病院側が担う。個室が基本で、付き添いのための設備も整っています。

そのぶん費用は高くなります。入院や手術になると金額が大きく動くため、海外旅行保険や駐在員向けの医療保険でどこまでカバーされるかを、契約時に確認しておく。在住者向けの医療保険の選び方は、加入してから読むより加入する前に読むほうが役に立ちます。

保険の内容や病院ごとの対応は変わりうるので、加入している保険会社と、利用予定の病院の両方に、その時点の条件を確認してください。

単身の在住者が直面する問題

家族が担う前提の社会で、単身で暮らす外国人が入院したらどうなるか。これは在住者にとって現実的な問いです。

対処の方向は二つあります。ひとつは、私立の国際病院を前提に保険を設計しておくこと。付き添いを必要としない運用の病院を選べる状態にしておく。

もうひとつは、付き添いを頼める人的なつながりを持っておくことです。同僚、友人、あるいは有料の付き添いサービス。都市部では看護補助を有料で依頼できる仕組みも存在します。

いずれにせよ、倒れてから考えるには重い問題です。健康なうちに、緊急連絡先、保険証券の保管場所、かかりつけの病院を決めて、それを誰かと共有しておく。

具体的には、財布に入るサイズの紙に、氏名・血液型・保険会社と証券番号・緊急連絡先・かかりつけ病院の名前をベトナム語と英語で書いて持ち歩く。搬送された先で意識がない場合、本人のスマートフォンはロックされていて開けません。紙のほうが強い場面が、まだ残っています。あわせて日本語が通じる病院・クリニックの連絡先も控えておく。

見舞いの文化

ベトナムでは、入院した人を見舞う行為が社会的にかなり重く扱われます。職場の同僚、遠い親戚、近所の人。次々に人が訪れる。

果物や栄養補助飲料を持参するのが定番で、ベッドの脇のテーブルに箱入りの牛乳とリンゴの袋が積み上がっていく。日本の感覚だと「静養させてあげたほうが」と思うところですが、ここでは関係を確認する行為として見舞いが機能しています。

在住者が同僚の入院を知ったときは、行くかどうか迷うより、行く前提で考えたほうが摩擦が少ない。行けない場合でも、誰かに託して何かを届ける。この社会では、姿を見せることに情報としての意味があります。

薬局が前段にある

ベトナムでは軽い不調を薬局で相談して済ませる習慣が広く、病院に行くのはそれで解決しない場合という順序になりがちです。結果として、病院に来る時点で症状が進んでいることもある。

在住者にとっての判断は、慣れない土地で症状の重さを自分で判断する難しさとセットになります。日本語や英語で相談できる窓口を持っているかどうかで、この判断の精度が変わる。加入している保険にメディカルアシスタンスのサービスが付いていることもあるので、確認しておく価値があります。

制度の違いを翻訳する

医療の話は、制度を比較して優劣をつけたくなります。でも実際に効くのは、優劣ではなく「自分が倒れたとき、誰が何をすることになっているか」を先に知っておくことです。

ベトナムでは、その答えの少なくない部分が「家族」に割り当てられている。家族が近くにいない在住者は、その空欄を自分で埋める必要がある。

廊下でマットを敷いて休んでいる人たちは、この社会の医療システムの一部として働いています。そう見たとき、あの光景は雑然としたものではなく、よくできた分業の姿に見えてきます。

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