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ベンタイン市場の現実——観光地化と地元民の使い方

ホーチミンの象徴・ベンタイン市場。観光客向けに変容した現在も、地元民が実際に使う場所はどこか。在住者の目線で市場の「二層構造」を解説します。

2026-04-23
ベンタイン市場ホーチミン買い物市場ローカル

この記事の日本円換算は、1VND≒0.006円で計算しています(2026年4月時点)。

ホーチミン市に着いた観光客の多くが最初に向かう場所が、ベンタイン市場(Chợ Bến Thành)だ。1914年に建設された時計塔付きの赤レンガの建物は、SNS映えする被写体として今も機能している。ただ、在住者の間では「あそこは観光客向けだ」という認識が定着している。

市場の二層構造

ベンタイン市場の内部に一歩踏み込むと、値段の「二重設定」が存在することに気づく。

観光客が最初に聞く価格は、バッグ1つ200,000〜400,000VND(1,200〜2,400円)、スカーフ100,000〜200,000VND(600〜1,200円)。「ディスカウントしてあげる」と言いながら、それでも近隣のスーパーや別の市場の倍以上の値段が提示されることが多い。

一方、地元の人々が利用するのは食料品エリアだ。野菜・果物・肉・乾物の仕入れ価格は市場の相場に近く、周辺の住宅街から主婦が朝早くやってくる。ドラゴンフルーツ1kg・25,000VND(150円)、青唐辛子1袋・5,000VND(30円)。これは観光向けの値段ではない。

市場の外側——時計塔の裏や北側の路地——にも露店が並ぶ。こちらは地元民が日常的に使う区域で、食材・日用品・修理業者が混在している。ベンタイン市場という「場所」を地理的な中心として、半径300m圏内に実用的な商圏が広がっている構造だ。

観光地化はいつ始まったか

1975年以前のベンタイン市場は、南ベトナムの物流拠点として機能していた。生鮮食品から衣料品まで、ホーチミン(当時はサイゴン)市民の日常消費を支えていた。

転換点はドイモイ(刷新政策、1986年)以降の経済開放と、2000年代以降の観光業の急成長だ。外国人観光客が増えるにつれ、土産物・偽ブランド品・工芸品を扱う店舗が食料品エリアを侵食していった。

2019年のコロナ前、ベンタイン市場は年間400万人以上の観光客が訪れていたと言われている。現在もホーチミン観光のランドマークとして機能しているが、地元民の「生活市場」としての役割は、より庶民的な市場に移っている。

地元民が実際に使う市場

ホーチミン在住者が日常的に使う市場は別にある。

Chợ Tân Bình(タンビン市場): ホーチミン市タンビン区。衣料品の卸市場として機能しており、生地・既製服を安価に仕入れられる。バイヤーだけでなく、普通の住民も仕立て屋への持ち込み用に生地を買いに来る。

Chợ Bình Tây(ビンタイ市場): 6区のチャイナタウン(チョロン)に位置する大型卸市場。乾物・調味料・菓子の卸値販売が中心で、飲食店経営者や家庭料理好きが利用する。

夜市(Chợ đêm): 1区のブイビエン通り周辺や7区PMHには夜市が立つ。価格は観光客向けだが、食べ歩きとしての価値は本物だ。

在住者として生活費を下げたいなら、ベンタイン市場より近所の「Chợ」(一般市場)を探す方が合理的だ。どの区にも必ず1〜2か所、生鮮食品が揃うローカル市場がある。

市場という場所の使い方

ベンタイン市場が「観光地」になったこと自体は批判に値しない。都市の中心部にある歴史的建造物が、訪問者を集める装置になるのは自然な変化だ。

ただ在住者として気づくのは、「観光地」と「生活空間」が同じ屋根の下に共存しているという事実だ。朝7時に食料品エリアで野菜を値引きしてもらっている主婦の横で、昼には土産物コーナーで値段交渉する観光客がいる。

ベンタイン市場の一番正直な読み方は、「ホーチミンの商業の変遷を縮図として見られる場所」かもしれない。観光客向けの価格で買うか、地元民が使う食材エリアで日常品を買うか——その選択が、自分がこの都市とどう向き合うかを少し表している。

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