ホーチミンのバイク渋滞——800万台の二輪車が作る都市の論理
ホーチミン市の登録バイク台数は約800万台。人口とほぼ同数のバイクが走る都市の交通は、混沌ではなく独自の秩序を持っている。渋滞の構造と在住者の付き合い方。
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ホーチミン市の登録バイク台数は約800万台(ホーチミン市交通運輸局、2024年)。人口約960万人の都市で、成人1人にほぼ1台。東京の自動車保有率(世帯あたり0.44台)と比べると、ホーチミンのバイク密度の異常さがわかります。
なぜバイクなのか
ホーチミンでバイクが主要交通手段になったのは、自動車が買えないからではありません。自動車の購入にかかる税金が高いのです。ベトナムでは輸入車に最大150%の特別消費税が課され、日本で200万円の車がベトナムでは500万円以上になります。
一方、バイクはHonda Wave(125cc)が新車で約25,000,000〜30,000,000VND(約USD 1,000〜1,200、約155,000〜186,000円)。所得に対する価格比で見れば決して安くはありませんが、自動車の数分の一です。
加えて、ホーチミンの道路は細い路地(hẻm)が網の目のように広がっています。幅2メートル未満の路地に面した家も多く、自動車が物理的に入れない。バイクは生活インフラとして不可欠です。
渋滞のピーク
朝7:00〜8:30と夕方17:00〜19:00がラッシュアワー。主要交差点(ディエンビエンフー通りとナムキーコイギア通りの交差点、グエンフエ通り周辺など)では、信号1回の待ち時間が5〜10分に達することがあります。
ただ、この渋滞には独特の流動性があります。車の渋滞がグリッドロック(完全停止)になるのに対し、バイクの渋滞は「遅いが動き続ける」。車体が小さいので隙間を縫って前進できるからです。
在住者の感覚では「5kmの移動に30分」が渋滞時の目安。渋滞がなければ10分の距離です。
クラクションは「怒り」ではない
初めてホーチミンに来た日本人が驚くのが、絶え間ないクラクションの音です。日本ではクラクションを鳴らすのは「怒り」や「警告」ですが、ベトナムでは「自分がここにいる」という存在通知です。
交差点に進入する前、車線を変える前、前のバイクを追い越す前——全ての動作の前にクラクションを短く鳴らす。これが安全確認の代わりになっています。ミラーの確認よりクラクションの方が確実に相手に伝わる、という合理性があります。
地下鉄はどこまで変えるか
ホーチミン市初の都市鉄道(メトロ1号線)は2024年12月に開業しました。ベンタイン市場からスオイティエン間の約20kmを結びます。運賃は7,000〜20,000VND(約USD 0.3〜0.8、約47〜124円)。
ただし、メトロ1号線だけでは都市全体の交通構造は変わりません。計画されている全8路線が完成するのは2030年代後半。現時点では、メトロ駅から自宅までの「ラストワンマイル」をバイクでつなぐ必要がある人がほとんどです。
在住者の通勤スタイル
日本人在住者の通勤手段は大きく3つに分かれます。
自分でバイクを運転する: 国際免許証はベトナムでは使えません。ベトナムの運転免許(A1免許、50cc超)を取得する必要があります。試験はベトナム語ですが、日系の自動車学校を通じて受験する方法もあります。
Grabを使う: 配車アプリGrabが日常の足。Grab Bikeなら5kmで約20,000〜30,000VND(約USD 0.8〜1.2、約124〜186円)。渋滞時は料金が上がりますが、自分で運転するリスクを避けられます。
会社の送迎車: 日系企業の駐在員は会社の車(運転手付き)で通勤するケースが多い。渋滞を避けるため朝6:30出発にしている会社もあります。
800万台のバイクが作る渋滞は、不便であると同時に都市のエネルギーそのものでもある。慣れた在住者は「渋滞の時間帯を避ける」のではなく「渋滞を前提に時間を組む」方向に考え方を切り替えています。