ベトナム人がファーストネームで呼び合う理由——名字が機能しない国
ベトナムでは公式文書でもフルネームでも、最後の名前で呼び合うのが普通。名字の種類が極端に少ないという事情が、呼称と社会関係をどう形づくっているかを読み解く。
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ベトナムで働き始めると、最初に戸惑うのが人の呼び方です。日本なら「鈴木さん」のように名字で呼ぶのが普通ですが、ベトナムでは正式な場面でも、相手のフルネームの最後の部分——日本でいう下の名前——で呼びます。社長でも先生でも、ファーストネームに敬称をつけて呼ぶ。この習慣の裏には、名字が呼称として機能しにくいという事情があります。
名字が偏っている
ベトナムでは、人口のかなりの割合が同じ名字を共有していると言われます。最も多い名字ひとつで国民の相当数が占められるほど、姓の分布が偏っている。これだと、名字で呼んでも誰を指しているのか分かりません。
「グエンさん」と呼んでも、オフィスの半分が振り向きかねない。だから区別のために、より個性の出る最後の名前で呼ぶのが合理的になります。日本で名字が機能するのは、名字の種類が豊富だからこそ。前提が違えば、呼び方の論理も変わります。
親族呼称で世界を分ける
もうひとつ特徴的なのが、相手との関係を年齢や立場で表す呼称です。年上の男性、年下の人、おじ・おば世代——相手が自分とどういう関係にあるかで、呼びかけの言葉が変わります。初対面でも、相手のおおよその年齢を見て呼称を選ぶ。
これは「あなた」「私」という中立的な言い方が乏しいことの裏返しです。誰かと話す時点で、二人の関係が言葉に織り込まれる。人称が常に関係性とセットになっている言語構造です。
呼び方が距離を決める
どの呼称を使うかで、相手との距離が一瞬で表現されます。親しげな呼び方をすれば距離が縮まり、よそよそしい呼び方をすれば壁ができる。だから呼称の選択は、人間関係の操作でもある。
外国人がこれを使いこなすのは簡単ではありません。間違えると失礼になったり、逆に馴れ馴れしく聞こえたりする。住むうちに、少しずつ感覚が育っていきます。
名前は社会の地図
名前と呼称は、その社会が人をどう分類し、どう関係づけているかを映します。名字が偏っているからファーストネームで呼ぶ。関係を言葉に織り込むから親族呼称が発達する。ひとつひとつの習慣が、社会の構造とつながっています。
ベトナムで誰かをどう呼ぶか迷ったとき、それは単なるマナーの問題ではなく、この国の人の繋がり方そのものに触れている瞬間なのだと思うと、少し面白くなってきます。