ベトナムのプロパガンダポスターは、今も新作が描かれている
社会主義国ベトナムでは、街角にプロパガンダポスターが普通に存在する。戦時中の遺物ではなく現役のメディアだ。政治芸術とストリートアートの境界を歩くベトナムの視覚文化を読む。
この記事の日本円換算は、1USD≒155円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(USD)の金額を基準にしてください。
ハノイの路上で、赤と金で彩られた巨大なポスターを見たとき、最初に思うのは「これ、いつの時代のものだろう」ということだ。
答えは「今年」だったりする。
ベトナムでは2026年現在も、共産党や政府機関が新しいプロパガンダポスターを制作・掲出している。選挙期間、党大会、建国記念日(9月2日)、統一記念日(4月30日)には新作が街を飾る。ソビエト社会主義リアリズムの流れを汲むスタイルが、スマートフォンとGrabの時代にまだ生きている。
ポスターの文法
ベトナムのプロパガンダポスターには、繰り返し登場するモチーフがある。
労働者、農民、兵士。 社会主義の三大主体。筋肉質の腕、前を見据える視線、風になびく赤い旗。ソビエトのポスターから継承した構図だが、ベトナムの稲田や水牛がモチーフに入ることで土着化している。
ホー・チ・ミン。 建国の父であり、革命の象徴。微笑みをたたえた肖像画はポスターだけでなく、紙幣(全額面にホー・チ・ミンの肖像)、教室、オフィスに掲げられている。
数字とスローガン。 「5カ年計画の達成」「工業化・近代化の推進」「環境保護」。最近のポスターは経済成長やデジタル化をテーマにしたものが増え、内容は時代とともに変わっている。形式は残り、中身が入れ替わる。
なぜ「時代遅れ」にならないのか
中国ではプロパガンダポスターは文化大革命の遺物として骨董品市場で売買される対象になった。ソ連のポスターも崩壊後はノスタルジアの対象だ。しかしベトナムでは、プロパガンダポスターは現在進行形のコミュニケーション手段であり続けている。
理由のひとつは、ベトナム共産党が一党支配を継続しているからだ。政治体制が変わっていないので、政治芸術の形式も連続している。
もうひとつは、デジタルメディアが発達した現在でも、「街角の視覚メディア」としてのポスターが機能しているからだ。ベトナムの都市部では歩道に座って食事をし、バイクで路上を走り、路地裏で生活する。視線が「街」に向いている時間が長い。スマホの画面よりも壁のポスターの方が目に入る場面は、実は多い。
観光資源としてのプロパガンダ
ホーチミン市のグエンフエ通り近くには、プロパガンダポスターの専門ショップがある。複製品が1枚10〜50USD(約1,550〜7,750円)で売られており、外国人観光客の定番の土産だ。
ベトナム軍事歴史博物館(ハノイ)や戦争証跡博物館(ホーチミン)では、戦時中のオリジナルポスターのコレクションを見ることができる。戦争の記憶を伝えるメディアとして、またグラフィックデザインの歴史資料として、学術的な価値もある。
皮肉なことに、プロパガンダポスターは資本主義の市場で商品化されている。「反帝国主義」を訴えるポスターがドル建てで売られ、ニューヨークやロンドンのアパートに飾られる。メッセージの力は消え、ビジュアルとしての力だけが残る。
新しい視覚文化との交差
ハノイやホーチミンでは、プロパガンダポスターの横にストリートアートの壁画が描かれていることがある。どちらも「壁をキャンバスにする」という点では同じだが、発信者と目的はまったく違う。
興味深いのは、若いベトナム人アーティストの中に、プロパガンダポスターの美学を意図的に引用する動きがあることだ。社会主義リアリズムのスタイルで現代の消費社会やSNS文化を描く——風刺であり、オマージュであり、アイデンティティの再確認でもある。
ベトナムのプロパガンダポスターは、単なる政治の道具ではない。戦争の記憶、社会主義の理念、グラフィックデザインの伝統、観光資源、そして現代アートのソースマテリアル——1枚の紙に複数の時間軸が重なっている。
KAIスポット — みんなで作る現地情報
Kaigaijinでは、現地に住む日本人が実際に使っているスポット(レストラン・クリニック・美容室・不動産など)を国別に集めています。