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列車が家の30cmを通過する——ハノイ・トレインストリートはなぜ生まれ、なぜ閉鎖されないのか

ハノイ旧市街のトレインストリートでは、住宅の軒先30cmを列車が通過する。この異常な都市空間が生まれた経緯と、観光地化がもたらした矛盾。

2026-05-20
ハノイ鉄道観光都市

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ハノイ旧市街の路地に、線路が敷かれている。両側の建物との距離は30cm〜1mしかない。ここを1日に数回、ハノイ〜ホーチミン間の南北統一鉄道(Reunification Express)が通過する。

住民は列車が来ると洗濯物を引っ込め、テーブルを寄せ、ドアを閉める。列車が通過したら、また元に戻す。この日常が「トレインストリート」としてSNSでバズり、世界中から観光客が押し寄せた。

なぜ家の前に線路があるのか

この鉄道は1902年、フランス植民地時代に建設された。当時は線路の両側に十分な余白があった。独立後、人口が爆発的に増え、線路沿いに不法占拠の住宅が建ち始めた。政府は何度も撤去を試みたが、住民の抵抗と代替住居の不足で頓挫した。

結果として「線路の上に街ができた」のではなく、「線路の横に街が侵食してきた」のが正確な経緯だ。インフラの上に生活が覆いかぶさるのは、ベトナムに限らず開発途上国の都市に共通する現象だが、ここまで密接な例は珍しい。

観光地化とカフェ経済

2010年代後半、トレインストリートのInstagramが世界中に拡散された。住民は商機を見逃さなかった。線路沿いにカフェが次々とオープンし、$2〜3(約310〜465円)のエッグコーヒーを出しながら列車通過を「鑑賞」するビジネスモデルが生まれた。

ピーク時には一日に数百人の観光客が狭い路地に詰めかけた。列車の通過時間が近づくと、線路の上で自撮りをする観光客がいる。30cmの距離を列車が通過する場所で。

閉鎖と再開の繰り返し

2019年、ベトナム鉄道当局はトレインストリートへの観光客のアクセスを禁止した。安全上の理由だ。カフェも営業停止を命じられた。

だが数ヶ月後に制限は緩和され、2020年のCOVID-19による観光消失を経て、2022年以降は再び観光客が戻っている。「禁止→緩和→また問題発生→禁止→緩和」のサイクルが繰り返されている。

完全に閉鎖できない理由は、住民がそこに住んでいるからだ。線路沿いの約100世帯を移転させる予算も代替地もない。住民にとってカフェ収入は生活の糧であり、「危険だからやめろ」は経済的に受け入れがたい。

「異常」の正常化

トレインストリートで起きていることは、ハノイの都市構造の縮図だ。歩道はバイクの駐車場になり、車道は屋台のダイニングになり、線路はカフェのテラスになる。公共空間と私的空間の境界が限りなく溶けている。

日本人の目には「混沌」に見えるこの状態は、ベトナム人にとっては「やりくり」だ。限られた空間を最大限に活用するために、ルールを文脈に応じて曲げる。線路の上にテーブルを置くのは、六畳一間にちゃぶ台を出して布団をしまうのと同じ空間効率の思想かもしれない。

列車は今日も通過する。住民はテーブルを引っ込める。観光客はスマホを構える。この風景が「問題」なのか「文化」なのかは、立つ場所によって変わる。

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