地下トンネルが観光資源になるまで——クチトンネルと戦争の経済的afterlife
ベトナム戦争で使われたクチトンネルは、今や年間数十万人が訪れる観光地だ。戦争遺跡が経済資源に転換される過程で、何が保存され何が省略されるのか。
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ホーチミン市から北西に約70km。クチトンネルでは、観光客が実際にトンネルに入り、かつてゲリラ戦士が使った地下空間を体験できる。出口の売店では「AK-47を撃てる射撃場」の看板が目に入る。弾1発$2(約310円)。
戦争で数万人が死んだ場所が、入場料を取るテーマパークに変わっている。これは倫理の話ではない。経済の話だ。
250kmの地下都市
クチトンネルは全長約250kmに及ぶ地下トンネル網で、ベトナム戦争中に南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)が構築した。病院、食堂、会議室、武器庫が地下にあった。地上に出る穴は人がかろうじて通れるサイズで、落ち葉で隠されていた。
アメリカ軍の圧倒的な火力と航空戦力に対して、地下に潜ることで戦い続けた。B-52の爆撃を地上で受けたら全滅だが、地下3階にいればなんとか耐えられた。
「体験型」への変換
現在の観光用トンネルは、実際のトンネルを拡張・整備したものだ。本来の幅は60cm×80cm程度で、平均的な欧米人の体格では入れない。観光用に通路を広げ、照明を設置し、危険箇所を封鎖した。
つまり、観光客が体験しているのは「編集されたトンネル」だ。本当のトンネルの狭さ、暗さ、空気の薄さ、湿度、虫は再現されない。
これは世界中の戦争遺跡に共通する構造だ。アウシュビッツもパールハーバーも広島も、体験を「安全に不快」な程度に調整し、来場者が耐えられるレベルにダウングレードしている。
語られる物語と語られない物語
クチトンネルのガイドは「ベトナム人民の創意工夫と忍耐」を強調する。トンネル内のブービートラップの仕組みが実物大模型で展示され、アメリカ兵がどのように捕まったかが解説される。
語られないのは、トンネル内で生活した兵士の精神的コストだ。地下で何ヶ月も過ごした兵士のPTSD、マラリアや赤痢による死者、内部での規律維持のための厳罰。英雄物語の裏側は、ガイドのスクリプトには入っていない。
戦争遺跡という経済装置
クチトンネルは地域経済の中核だ。ガイド、運転手、売店、飲食店、射撃場——周辺の雇用を支えている。
面白いのは、「敵の武器を撃たせる」ビジネスモデルだ。アメリカ人の観光客がAK-47(ソ連製・ベトナム戦争でベトコンが使用)を撃ち、ベトナム人がM16(アメリカ製)を撃つ。誰の武器が誰のものかの境界が溶けている。
戦争は終わったが、戦争の記憶は換金可能な資源として生き続ける。クチトンネルが証明しているのは、「体験」は「記憶」よりも売りやすいということだ。