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なぜベトナムでは現地通貨よりUSDが通用するのか——ドル化経済の構造

ベトナムでUSDが広く流通する歴史的・構造的な理由と、在住日本人がドンとUSDをどう使い分けるべきかを整理。

2026-04-06
USDドンVNDドル化為替通貨

この記事の日本円換算は、1USD≒158円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、USD建ての金額を基準にしてください。

ベトナムで家賃の契約書を見ると、金額がUSD建てで書かれていることがあります。不動産だけではなく、高額な取引——車の購入、学費の支払い、一部のホテルやレストラン——でもUSDが登場する。法定通貨はベトナムドン(VND)なのに、なぜUSDがここまで浸透しているのか。

インフレの記憶が通貨の信頼を決める

ベトナムでUSDが流通する最大の理由は、ドンに対する不信感の歴史です。

1980年代後半、ベトナムは年率400%を超えるハイパーインフレを経験しました。1986年のドイモイ(刷新)政策で市場経済への移行が始まりましたが、通貨の価値が急激に下がった記憶は国民に深く刻まれています。

「貯蓄をドンで持っていたら紙くずになった」——この世代の経験が、「資産はUSDか金(ゴールド)で持つ」という行動パターンを生み出しました。現在のベトナムはインフレ率3〜4%程度で安定していますが(ベトナム統計総局、2024年実績)、通貨への信頼は一度失われると回復に時間がかかります。

USDが使われる場面と使われない場面

現在のベトナムでUSDが使われる場面は、ある程度パターン化されています。

USDが使われる場面

  • 不動産賃貸契約: 外国人向け物件の家賃はUSD建てが多い。ホーチミン市のサービスアパートメントで月$800〜$2,500程度
  • 外国人向けの国際病院: 診察料・入院費がUSD表記されることがある
  • インターナショナルスクールの学費: 年間$10,000〜$30,000程度。USD建て請求が一般的
  • 高額商品の取引: 車、バイク(高級モデル)、不動産売買
  • 外資系企業の社内取引: 本社への報告がUSD建てのため、社内ではUSDが基準になることがある

ドン建てが基本の場面

  • 日常の買い物: スーパー、コンビニ、ローカルの飲食店はすべてドン
  • 公共交通: タクシー(Grab含む)、バスはドン
  • 給与: ベトナムの労働法では、給与はドンで支払うことが原則(外資系企業でもドン建て支給が基本)
  • 税金・公共料金: 電気・水道・インターネットはすべてドン
  • 政府機関への支払い: ビザ申請料等もドン(一部はUSD可)

クローリングペッグ——ドンとUSDの関係

ベトナムドンは自由に変動する通貨ではありません。ベトナム国家銀行(SBV、中央銀行)が設定する中心レートに対して±5%の変動幅で管理されています。いわゆる「クローリングペッグ」制度です。

2024年12月時点で1USD≒25,448VND(ベトナム国家銀行公表レート)。ドンは対USDで年間2〜3%程度の減価傾向が続いています(2025年は約2.9%の減価、ベトナム中央銀行データ)。

この緩やかな減価は、USDで資産を持つほうが有利という心理を強化します。年間3%ずつドンの価値が下がるなら、ドンで100万円を持っているより、USDで持っていたほうが3年後に約9%分の差がつく。この計算が、富裕層や外国人のUSD選好を支えています。

日本人にとっての実務——ドンとUSD、どう持つべきか

在ベトナム日本人にとって、通貨の持ち方は実務的な問題です。

給与がドンの場合

ほとんどの日本人駐在員・現地採用者はドン建てで給与を受け取ります。日常生活はドンで完結するため、わざわざUSDに換える必要はありません。

ただし、家賃がUSD建ての場合は毎月の換算が発生します。為替変動リスクを減らすには、家賃分のUSDを数ヶ月分まとめて両替しておく方法があります。

貯蓄の通貨

ベトナム国内の銀行でドン建ての定期預金は年利4〜6%程度(2025年時点、主要銀行の1年定期)。一方、USD建ての預金金利は年0〜1%程度。金利差だけ見ればドン建てが有利ですが、年間2〜3%のドン減価を考慮すると、実質リターンの差は縮まります。

長期的にベトナムに住む予定がなければ、余剰資金はUSDまたは日本円で海外に送金しておくのも選択肢です。Wiseなどの送金サービスを使えば、ドン→USDの送金コストは1〜2%程度で済みます。

金(ゴールド)の存在

ベトナムでは金も重要な資産保全手段です。ベトナム人の間では「SJC金」(国家ブランドの金地金)が広く取引されています。ただし外国人がベトナムで金を購入・売却するのは制度上の制約があり、一般的な選択肢とは言いにくい。

規制と現実のギャップ

ベトナム政府は「脱ドル化」を政策目標に掲げています。2012年以降、個人間のUSD取引は原則禁止(政令No.70/2014/ND-CP等)。不動産価格をUSD建てで表示することも法的にはグレーです。

しかし現実には、外国人向けの不動産市場ではUSD建ての契約が続いています。政府の規制と市場の慣行が乖離している状態です。在住日本人としては、正式な契約書はドン建てで作成し、実際の支払い額をUSD換算で確認する——という二重の管理が必要になる場面がある。

この「建前と本音」の構造を理解しておくと、ベトナムでの金銭的なやり取りがスムーズになります。ドンとUSDの使い分けは、法律の問題というよりも、市場の慣習と信頼の問題です。

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