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社会・移住

200万人のベトナム系アメリカ人と本国への送金——ベトキュー(Việt kiều)が故郷を変えている

世界約530万人のベトキュー(海外在住ベトナム人)が送る年間約160億ドルの送金はGDP比4%。ベトナム戦争難民と現代移民の違い、日本在住56万人の存在、本国との文化摩擦、不動産高騰の実態。

2026-04-09
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この記事の日本円換算は、1VND≒0.006円(100万VND≒6,000円)で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(VND)の金額を基準にしてください。

ホーチミン市のスーパーマーケットで、棚に並ぶアメリカ製の食品を見ることがある。英語のパッケージのまま、現地価格より高く売られている。買う人がいるから置いてある——それがベトキュー(Việt kiều、海外在住ベトナム人)向けの市場だ。

ベトキューとは誰か

「Việt kiều(ベトキュー)」は直訳すると「海外に住むベトナム人」という意味だ。歴史的に2つの波がある。

第1の波——1975年以降の難民: ベトナム戦争終結(1975年4月30日、サイゴン陥落)後、南ベトナム政府・軍関係者、知識人・商人が大量に脱出した。この「ボートピープル」と呼ばれる難民は数十万人規模に上り、アメリカ・フランス・オーストラリア・カナダに定住した。アメリカのベトナム系コミュニティの基盤を作ったのはこの世代だ。

第2の波——1990年代〜現代の経済移民: ドイモイ(刷新)政策(1986年)後に経済が開放されると、留学・就労・技術研修での海外渡航が増えた。「難民」ではなく「経済移民」として、より広い国・地域に分散している。

外務省(ベトナム国家委員会)の統計では、2024年時点で約530万人のベトナム人が海外に在住するとされる。

主な在住国:

国・地域在住ベトナム人(概算)
アメリカ約200万人
カンボジア約100万人
フランス約30万人
オーストラリア約30万人
カナダ約24万人
日本約56万人(2023年末、法務省データ)
韓国約22万人
ドイツ約20万人

年間160億ドルの送金——GDP比4%の意味

世界銀行のデータによると、ベトナムへの海外送金額は2022年に約190億ドルを記録し、2023年も約160〜170億ドル規模で推移していると推計されている(数字は送金ルートの一部が非公式チャネルを通るため変動する)。

GDP比4%前後の水準は、ベトナムの経済規模を考えると大きい。農村部・地方の家庭にとって、海外からの家族の送金は収入の主要部分になっているケースがある。

送金の使途は主に「家族の生活費・医療費」「不動産購入・建設」「子供の教育費」だ。この「教育費」への充当は、次世代のベトキューを海外に出す投資でもある。

アメリカのベトベトナム系コミュニティ——2世・3世の現在

アメリカには約200万人のベトナム系アメリカ人がいる(2020年の米国国勢調査より)。カリフォルニア州(特にサンノゼの「サイゴン・シリコンバレー」、ガーデングローブの「リトル・サイゴン」)に集中している。

第1世代(難民世代)が物流・飲食・製造で生計を立てた後、2世・3世は高学歴化が進んでいる。ハーバード・スタンフォードへの進学率は全米平均を上回る、という報告もある(非公式の観察として語られることが多く、正式な統計的検証は難しい)。

文化的には、「アメリカ人でありながらベトナム語を話さない世代」と「ベトナムへの繋がりを積極的に持とうとする世代」に分かれる傾向がある。ベトナムに戻って投資・起業する「Viet Kieu entrepreneur」も増えており、ホーチミン市のスタートアップシーンの担い手の一部を占めている。

本国との軋轢——土地の値上がりと地元民の不満

海外送金がベトナムの不動産市場に与えた影響は無視できない。

ホーチミン市・ダナン・ハノイの不動産価格は2010年代から急上昇した。その背景には国内経済成長と並んで、ベトキューによる不動産購入がある。2015年の住宅法改正で、外国籍のベトナム系市民も一定条件でベトナム国内の住宅を購入できるようになり、海外から資金が流入した。

ダナンでは2010年代後半に、土地価格が5〜10倍以上になったエリアもあると報告されており、地元の若者が自分の育った街で家を持てなくなるという問題が生じた。

「ベトキューが土地を買い占めている」という感情的反発は、本国との関係に影を落とす場合がある。文化面でも、海外生活の習慣・価値観を持って帰るベトキューと、国内で生活してきた人々の間の摩擦は、日本の海外帰国子女と類似した側面がある。

日本在住ベトナム人——56万人の現在

日本在住のベトナム人は2023年末時点で約56万人(法務省統計)に達し、中国・韓国に次いで第3位の在留外国人グループになっている。

日本への移住のきっかけは主に「技能実習制度(現在は廃止・育成就労制度に移行予定)」「留学」「特定技能」だ。製造業・建設業・農業・介護分野での就労が多い。

日本在住ベトナム人の本国への送金額は、単純計算では年間数百億円規模に達すると考えられる(1人あたり月数万円×56万人の一部、という概算)。

ただし在日ベトナム人の多くは「一時的な就労」から「長期定住」へと移行するケースが増えており、「稼いで帰国する」モデルから「日本に定着する」モデルへの変化も起きている。

ベトナムを見るための視点

ベトナムを訪れたり、在住を考えたりするとき、「ベトキュー」という存在を意識すると、見える景色が変わる。

ホーチミン市の高級コンドミニアムに住む「海外ベトナム人が買った部屋」、英語とベトナム語を混ぜて話すカフェのオーナー、アメリカのNGOが運営する農村支援プロジェクト——これらは全て、ベトキューが本国との間に作った「回路」の産物だ。

外からお金や文化が流れ込むことで、ベトナムは変わっている。その変化のスピードと方向性を観察するのは、在住・旅行者にとって面白い視点になる。


参考情報

  • Vietnam State Committee for Overseas Vietnamese Affairs (OSCOV): Diaspora statistics
  • World Bank: Remittances data for Vietnam
  • 法務省(日本): 在留外国人統計 2023年末
  • U.S. Census Bureau: 2020 Census - Asian population data
  • Pew Research Center: Vietnamese Americans

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