Grabドライバーの月収18万円——ベトナムのギグエコノミーは「中間層への扉」だった
バイクタクシーからGrabドライバーへ。ベトナムのギグワーカーの実態と、プラットフォーム経済がもたらした社会階層の変動を数字で追う。
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ホーチミンの交差点で信号待ちをしていると、Grabの緑色のジャケットを着たバイクドライバーが5〜6人並んでいる。スマホの画面を見つめ、次の配車リクエストを待っている。
ベトナムでGrabドライバーとして働く人は推定20万人以上(2024年時点の業界推計)。かつて「xe om(セオム)」と呼ばれた路上のバイクタクシーの運転手たちが、スマホアプリひとつで「プラットフォームワーカー」になった。
xe omからGrabへの転換
2010年代前半まで、ホーチミンやハノイの街角には「xe om」の運転手がバイクにまたがって客待ちをしていた。料金は交渉制。相場は距離によるが、外国人とベトナム人で料金が違った。言い値で3倍以上ふっかけられることも珍しくなかった。
2014年にGrabがベトナムに上陸して、この構造が変わった。アプリで乗車前に料金が確定する。ルートが記録される。ドライバーの評価がつく。xe omの「不透明な交渉」が、アルゴリズムの「透明な価格設定」に置き換わった。
既存のxe omドライバーは最初Grabに敵意を見せた。2016年にはGrabドライバーへの嫌がらせがニュースになった。しかし数年で多くのxe om運転手がGrabに登録した。客を待つ時間が減り、収入が安定したからだ。
ドライバーの収入構造
ベトナムのGrabドライバー(GrabBike)の月収は、稼働時間によって大きく異なる。
フルタイム(1日10〜12時間、週6日)で稼働した場合、月収は800万〜1,200万VND(約$330〜500、約51,000〜77,500円)が一般的な範囲だ。これはホーチミンの工場労働者の平均月収(約600万〜800万VND)を上回る。
GrabCar(四輪)のドライバーはさらに高い。月収1,500万〜2,500万VND(約$620〜1,030、約96,000〜160,000円)に達するドライバーもいる。ただし車両のリース費用やガソリン代を差し引く必要がある。
この「工場勤務より稼げる」という事実が、ギグエコノミーをベトナムの若者にとって魅力的な選択肢にした。
農村から都市への人口流入を加速させた
Grabの普及は、ベトナムの都市人口増加と無関係ではない。
地方の農村で農業に従事していた若者が、バイク1台とスマホ1台を持ってホーチミンやハノイに出てくる。Grabドライバーとして即日稼働でき、日給が農作業の数倍になる。住居はシェアハウスや安い賃貸部屋で月100万〜200万VND(約$41〜83、約6,400〜12,900円)。
「都市に出れば、学歴がなくてもバイクが運転できれば中間層の入口に立てる」——この認識が、農村からの人口流入を加速させた側面がある。
フードデリバリーという副産物
GrabFoodの普及は、ベトナムの食文化にも影響を与えた。
ホーチミンの路上でGrabFoodのバッグを背負ったドライバーが走り回っている光景は日常だ。コロナ禍で爆発的に利用が増え、屋台やローカル食堂がGrabFoodに登録するようになった。これまで半径500メートルの住民しか客にできなかった路地裏の屋台が、5km圏内に配達できるようになった。
一方で、Grabからの手数料(売上の20〜30%)が小規模店舗の利益を圧迫するという構造的な問題も生じている。
プラットフォームと国家の緊張関係
ベトナム政府はGrabに対して徐々に規制を強化している。2020年にGrabはベトナムで「運輸事業者」として分類され、VATの課税対象となった。ドライバーの社会保険加入に関する議論も進んでいる。
「テクノロジー企業です」と主張するプラットフォームと、「あなたたちは運輸業者です」と言い切る政府。この綱引きは世界中で起きているが、ベトナムの場合は政府の権限が強い分、規制の実効性が高い。
かつて路上で客を待っていたxe omの運転手たちは、スマホを手にしたことで「中間層への扉」を開いた。しかしその扉の鍵は、シリコンバレーのアルゴリズムが握っている。自由に見えるギグワーカーの働き方は、実はプラットフォームの設計によって細部まで管理されている。
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