タワーマンションの15階に祖先の祭壇がある——ベトナムの家が譲らなかったもの
ベトナムでは高層アパートの一室にも祖先の祭壇が置かれる。間取りが西洋化しても消えなかったこの装置が、家族と住宅設計に何を要求しているかを読み解く。
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ベトナム人の友人の家に招かれて、モダンな高層アパートの一室に通される。ソファもテレビも北欧風のダイニングテーブルも、日本の都市部のマンションと変わりません。ところが壁の一面、目線より高い位置に、木彫りの棚が据えられている。線香立てと、写真と、果物が供えてある。
祖先の祭壇(bàn thờ)です。住宅がどれだけ近代化しても、これだけは残ります。
家の中で最も高い場所を占める
祭壇の位置には規則があります。原則として、家の中で高い位置に置かれる。人の頭より上にあるべきだとされ、寝室や水回りに背を向ける配置は避けられます。
戸建てのチューブハウスであれば、最上階の一室をまるごと祭壇の部屋にすることも珍しくありません。間口が狭く奥に細長いこの家の形は、ベトナムの住宅がどう縦に伸びてきたかの結果でもあります。土地の価格が高い都市部で、その一番上の階を収益の生まない空間に充てる。経済合理性だけでは説明のつかない配分です。
これを非合理と切り捨てるのは早い。人間の社会は、最も価値の高い場所に最も重要なものを置くという原則で空間を組み立ててきました。ヨーロッパの都市が広場の正面に教会を置いたのと、構造としては同じです。ベトナムの家では、その正面が垂直方向にある。
アパートの間取りが折れる
問題は、高層アパートの間取りが西洋の設計思想で作られていることです。リビング、寝室、キッチン、バスルーム。祭壇のための場所は最初から設計に入っていない。
そこでどうするか。多くの家庭が、リビングの壁の高い位置に棚を取り付けます。デベロッパー側も需要を理解していて、内装オプションとして祭壇用の造作を用意する物件もある。
近年は、集合住宅向けに小型化された祭壇や、線香の煙が出ない電気式の供物用ライトも普及しています。制約に合わせて形式が縮小していく一方、機能そのものは維持される。生物が環境に合わせて器官の大きさを変えながら、機能は保存するのに似ています。
賃貸に住む在住者にとっての意味
外国人が借りる物件でも、前の住人が使っていた祭壇の造作が残っていることがあります。撤去してよいか迷う場面が出てくる。
答えは物件と大家によります。大家が信仰的な意味を重く見ている場合、撤去に難色を示すことがある。逆に、外国人入居を前提に最初から外してある部屋もある。内見時に確認しておくと、後の交渉が要らなくなります。
もう一つ、実務的に効くのは線香の煙です。上下階や隣室から線香の匂いが入ってくることがあり、特に旧暦の1日・15日や命日の前後は頻度が上がる。この日付は西暦のカレンダーには出てこないので、陰暦を表示できるアプリを入れておくと、匂いの周期と暦の対応がわかります。匂いに敏感な人は、内見のタイミングをこの日に合わせてみると実態がつかめます。
命日が家族の暦を作る
祭壇があるということは、そこに紐づく年中行事があるということです。命日(đám giỗ)には親族が集まり、料理を作り、供える。招かれる側になると、これが年に何度もあることに気づきます。
日本のお盆が年に一度に集約されているのに対し、ベトナムでは故人ごとに個別の日が設定される。家族の年表が、祭壇の写真の枚数だけ刻まれていく。
会社の同僚が「今日は祖母の日なので早く帰る」と言ったとき、これは私的な用事ではなく、社会的に承認された義務に近い。しかもベトナムの職場は定時で人が消えるので、命日が重なった日の夕方のオフィスは、想像より早く空になります。予定を入れるなら午前に寄せるのが確実です。
都市化しても消えないもの
ベトナムの都市化は速く、ここ二十年で住宅の形は劇的に変わりました。土間のある平屋から、エレベーターのある高層階へ。生活のほとんどが更新されている。
その中で祭壇だけが、形を縮めながら残り続けている。理由を一つに絞るのは難しいけれど、この装置が担っているのが「誰の子孫であるか」という情報だからではないかと思います。住所は変わる、職業も変わる、言語すら変わりうる。系譜は変わらない。
引っ越しのとき、家具は買い替えても祭壇の位牌と写真は持っていく。移動する社会において、最後まで持ち歩くものが何かという問いへの、ベトナムなりの答えがここにあります。
高層階の窓の外にはバイクの流れる街が見えて、部屋の中には線香の煙が上がっている。この同居を、矛盾ではなく設計だと思って眺めると、ベトナムの家の見え方が変わります。