香港のモールは商業施設ではなく、公共空間の代替物だ
冷房の効いた通路、ベンチ、階段。香港のショッピングモールは買い物をしない人にも使われている。私有地が公共の役割を果たす構造を読む。
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平日の午後、香港のモールを歩くと、買い物をしていない人がかなりいることに気づく。ベンチに座って本を読む高齢者、宿題をする学生、待ち合わせをする人。商業施設のはずの場所が、街の居間のように使われている。
これは偶然ではなく、この都市の条件から必然的に生じている現象だ。
屋外が使えない季節がある
香港の夏は、屋外に長時間いるのが体力的に厳しい。湿度が高く、日陰も限られる。公園はあるが、5月から9月にかけては昼間の滞在時間が自然と短くなる。
冷房の効いた広い屋内空間で、無料で滞在できる場所。この条件を満たすのは、実質的にモールと図書館くらいしかない。図書館は席数に限りがあるので、あふれた分がモールに流れる。試験期の週末は、その押し出しが特にはっきり見える。
気候が公共空間の使われ方を決めている。温帯の都市では広場やベンチが担う役割を、亜熱帯の香港ではモールが引き受けた。
家が狭いという条件
もう一つの条件は住居の狭さだ。家に人を呼べない、家で勉強するスペースがない、家族全員がくつろげる面積がない。
住居で足りない機能を、外部の空間が補っている。友人と会うのはモールのカフェ、子どもが走り回るのはモールの通路、涼むのはモールのベンチ。人口の半分近くが暮らす公共住宅の住戸面積を考えれば、この押し出しの量は小さくない。住宅面積の不足が、公共的な滞在需要を作り出している。
つまりモールの混雑は、購買意欲の高さではなく、住宅事情の反映として読める部分がある。
私有地が公共の顔をする
ここに構造上の面白さがある。モールは私有地であり、所有者は不動産会社だ。公園のように誰にでも開かれた場所ではなく、営業として開かれている。
だから開館時間があり、行為の制限があり、管理者の判断で人を排除できる。公共空間に見えるが、法的には全く違う。
この違いが表面化するのは、何か問題が起きたときだけだ。普段は誰も気にしないし、気にする必要もない。ただ、街の居間が私有物だという事実は、構造として頭に入れておいて損はない。
鉄道駅と一体化する設計
香港のモールの多くは、MTRの駅と直結している。改札を出るとそのままモールで、モールを抜けると住宅棟へ入る。雨にも日差しにも当たらずに移動できる。
これは鉄道事業者が沿線の不動産開発を手掛けるモデルの帰結でもある。駅を作ると周辺の地価が上がる。その上昇分を事業者が回収する仕組みを組み込めば、運賃を低く抑えたまま採算が取れる。
つまりモールは、鉄道の収益構造の一部でもある。買い物客の流れは、そのまま鉄道事業の財務に接続している。
どのモールも似てくる問題
一方で、大手が開発するモールにはテナント構成が似通うという傾向がある。同じチェーン、同じブランド、同じ配置。どの駅で降りても、同じ店が並んでいる。
これは効率的だが、街ごとの個性を薄める。地元の小さな店は賃料の面で入りにくく、結果として資本力のあるチェーンが埋める。
古い街市や路面店に人が愛着を持つのは、そこにしかない店があるからだ。街市とスーパーの使い分けが話題になり続けるのも、均質化が進むほど、残っている異質なものの価値が上がるからだろう。
こういう見方もできる
「モールばかりでつまらない」という感想は、香港ではやや的外れになる。この街のモールは、消費のためだけの空間ではなく、気候と住宅事情が作り出した滞在の受け皿だからだ。
暑くて外にいられない、家が狭くて中にもいられない。その両方に挟まれた人々が、どこかに行かなければならなかった。その行き先がモールだった。10月に湿度が落ちると、同じ人の一部が公園に戻る。季節によって滞在先が入れ替わるのを見ていると、この移動が気候に押されたものだとよくわかる。
買い物袋を持たずにベンチに座っている人たちは、この都市の構造を最も正確に体現している。彼らがそこにいる理由を考えると、香港の住宅と気候の話に必ず行き着く。