MTRが黒字なのは、鉄道会社ではなく不動産会社だからだ
世界の都市鉄道が赤字に苦しむ中、香港のMTRは利益を出し続けている。その仕組みは運賃ではなく、駅の上に建つ建物にある。
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世界中の都市鉄道は、たいてい赤字だ。建設費が巨額で、運賃を上げれば客が離れ、公共性ゆえに値上げも難しい。だから多くの都市で、鉄道は税金で支えられている。
香港のMTRは黒字を出し続けている。ただし、その利益の源泉は切符の売上ではない。
鉄道が地価を上げる
駅ができると、その周辺の土地の価値が上がる。これは世界のどこでも起きる現象だ。利便性が上がり、人が集まり、商業が成立する。
普通、この地価上昇の利益は土地の所有者が得る。鉄道会社は建設費を負担するだけで、自分が生んだ価値を回収できない。ここに構造的な非対称がある。
投資した主体が利益を得られない仕組みは、長続きしない。多くの都市鉄道が赤字なのは、運賃が安いからというより、生んだ価値を回収する経路がないからだ。
「鉄道+不動産」という設計
香港では、鉄道事業者が駅周辺の土地の開発権を得て、住宅やモールを開発する仕組みが採られてきた。いわゆるレール・プラス・プロパティのモデルだ。
駅を作る。地価が上がる。その土地の上に自社で住宅とモールを建てる。売却益と賃料収入を得る。この収入が、鉄道建設の費用と運行の赤字を埋める。
つまり、自分が生んだ価値を自分で回収する経路を作ったということだ。外部性を内部化する、という経済学の言葉がそのまま制度になっている。
副作用としての一体化
このモデルには副作用がある。駅と住宅とモールが一体で設計されるため、街が鉄道会社の敷地として作られる。
改札を出るとモール、モールを抜けると住宅棟。動線が最初から設計されていて、途中に個人商店が入り込む余地が少ない。モールが街の居間として使われているのも、この一体設計があるからこそ成立している。効率的だが、街としての多様性は生まれにくい。
住民の日常生活の相当部分が、一つの企業の敷地内で完結する。便利さと引き換えに、そういう構造ができる。
運賃が抑えられる理由
不動産で収益を上げられるということは、運賃を極端に上げなくても採算が取れるということでもある。利用者から見れば、これは恩恵だ。オクトパスカードで改札を抜けるときの運賃の安さは、駅の上に建つ建物が支えている。
一方で、運賃の値上げ幅を決める仕組みには物価や賃金の指標が関わっていて、公共料金としての性格も残っている。完全な民間企業の裁量というわけではない。
政府が主要株主として関与していることもあり、公と民の中間にある存在として運営されている。
このモデルは輸出できるか
香港のモデルを他都市に持ち込もうとする議論は、繰り返し行われてきた。実際に参考にした事例もある。
ただし、成立には条件がある。土地の所有と開発の権限を鉄道事業者に集められること、人口密度が十分に高いこと、地価の上昇が見込めること。この三つが揃わないと機能しない。
土地の私有が細分化されている都市では、開発権をまとめること自体が難しい。制度がそもそも違う場所に、仕組みだけを持ち込むことはできない。
こういう見方もできる
「MTRは黒字だから優秀」という理解は、半分しか合っていない。優秀なのは運営ではなく、収益を回収する経路の設計だ。
これは鉄道に限った話ではない。何かに投資して価値を生んだとき、その価値を誰が受け取るのか。この問いは、公共インフラの議論の中心にある。
香港の答えは、投資した主体に回収させる、というものだった。その代償として、街の一部が企業の敷地のようになった。この街で不動産が信仰に近い位置を占めているのは、公共交通の採算構造にまで土地の値上がりが組み込まれているからでもある。
得たものと失ったものが、駅の構造にそのまま現れている。改札を出た先の風景を見ながら、それを考えてみると面白い。