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同じガソリンに二つの値段がある国——マレーシアのBUDI95は、MyKadのチップを給油機に差し込ませた

マレーシアでは2025年9月から、国民はRON95ガソリンを1リットルRM1.99で買える。外国人は補助のない価格を払う。身分証のICチップで価格を切り替える仕組みから、補助金の設計と在住外国人の家計への影響を読む。

2026-11-02
ガソリン補助金MyKad生活費マレーシア

この記事の日本円換算は、1MYR≒39円で計算しています(2026年6月時点)。為替は変動するので、現地通貨(MYR)の金額を基準にしてください。

マレーシアのガソリンスタンドで、同じ給油機から出る同じRON95ガソリンに、二つの値段がついている。

国民なら1リットルRM1.99(約78円)。外国人や会社名義の車なら、補助のない価格だ。2026年8月末の報道では、補助なしのRON95はRM3.82(約149円)だった(soyacincau, 2026-08-30)。ほぼ倍の差がある。

価格を切り替えるのは、給油機についたカードリーダーだ。国民はそこに身分証のMyKadを差し込む。ICチップが読み取られると、RM1.99で給油できる。

25年越しに、チップの出番が来た

MyKadの記事で、2001年に世界初の多機能ICチップ付き身分証として登場したこのカードが、構想どおりの統合を果たせなかった経緯を書いた。運転免許も電子マネーも1枚に、という計画は多くが運用の中で放棄されていった。

そのMyKadのチップが、2025年9月から、全国のガソリンスタンドで毎日読み取られている。

BUDI95と名付けられたこの補助制度は、2025年9月30日に全面的に始まった。それに先立ち、警察と軍の関係者は9月27日から、低所得世帯向けの現金給付(STR)の受給者は9月28日から対象になった。価格はそれまでのRM2.05(約80円)からRM1.99に下がった(SAYS)。

対象は、有効なMyKadと有効な運転免許を持つマレーシア国民だ。所得の制限はなく、事前の登録もいらない。給油機でMyKadを読み取るか、対応する電子財布アプリで一度だけ本人確認を済ませれば、その後はアプリで支払うだけで補助価格が適用される(Setel: BUDI95)。

なぜ「全員に安く」をやめたのか

それまでマレーシアのガソリン補助は、価格そのものを下げる方式だった。マレーシアのナンバーの車で給油する限り、誰が買っても同じ補助価格。国民も在住外国人も、高級車の持ち主も、同じ恩恵を受けていた。

価格を一律に下げる補助は、雨を全員に降らせるようなものだ。畑にも舗装道路にも同じように降る。本当に水が必要な場所に届く割合は、全体のごく一部になる。

BUDI95は、雨を降らせる方式から、蛇口をつけて配る方式に変えた。蛇口の鍵がMyKadだ。国民だけが鍵を持ち、鍵を差した人だけに安い水が出る。

財政の負担を考えれば、この変更は合理的だ。国の収入の柱の一つが石油であることは石油の取り分をめぐる州と連邦の関係で書いたが、その石油の恩恵を補助金としてどこまで国民以外にも広げるかは、ずっと議論の対象だった。消費税をGSTからSSTに戻した国にとって、歳出の側で無駄を削ることは、税収の側の選択肢が限られる中での現実的な手段でもある。

量の上限が、国際情勢で動く

BUDI95には、一人あたりの月の上限量がある。開始時は300リットル。2026年4月1日から、国際的な原油高を受けて200リットルに引き下げられ、9月1日から300リットルに戻された。上限を超えた分は補助なしの価格になる。

財務省のデータとして、月に200リットルを超えて使う利用者は全体の1%未満だと報じられている。つまり上限の調整は、大多数の利用者にはほとんど影響しない。影響を受けるのは、仕事で長距離を走る一部の人だ。配車サービスの運転手など、より多くの量を必要とする人には別の上限が設けられている。

上限量が動くということは、BUDI95が固定の制度ではなく、国際価格に応じて締めたり緩めたりできる「ハンドル」を持った制度だということでもある。価格はRM1.99のまま据え置き、量で調整する。国民が日々目にする数字を動かさずに、財政の負担を調整できる設計だ。

在住外国人の家計への影響

在住の日本人は、ほぼ全員が補助の対象外になる。就労パスでも長期滞在ビザでも、国民でなければ給油機での価格は補助なしだ。

具体的に計算してみる。50リットルのタンクを満タンにするとき、補助価格ならRM99.5(約3,881円)、2026年8月末の補助なし価格RM3.82ならRM191(約7,449円)。1回の給油でRM91.5(約3,569円)の差になる。週に1回満タンにする生活なら、月にRM366(約1.4万円)ほどの差だ。補助なしの価格は週ごとに改定されるため、実際の差は時期によって変わる。

対策として考えられるのは次のような選択肢だ。

  • 燃費の良い車を選ぶ。 国産車プロトンとプロドゥアは小型で燃費の良いモデルが多い。中古車を買う場合の実務と合わせて、維持費を含めて比べたい
  • 会社名義の車は補助の対象外。 社用車であれば、国民が運転していても補助価格にはならない。駐在員の車両手当を設計する側も、この価格差を前提にする必要がある
  • 生活圏を公共交通とライドシェアで組み立てる。 運転の頻度が低いなら、車を持たない選択肢の経済性が以前より上がっている

自動車の購入や整備の相談先は、日本語で対応できる自動車関連のプレイスから探せる。

鍵を持つ人、持たない人

BUDI95は、補助金の対象を「国民」という線で明確に区切った。その線を引く道具として、25年前に配られたICチップが使われている。

この設計が示しているのは、マレーシアにおける国民の権利が、身分証という物理的な鍵に結びついているということだ。鍵を持つ人には安いガソリンが出て、持たない人には市場価格が出る。

ガソリンスタンドで隣の給油機の人がカードを差し込む姿を見たら、その小さな動作の裏に、補助金の財政、石油の政治、そして25年前の身分証の構想までがつながっている。そう考えると、給油の時間が少し違って見えてくる。

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