1億3000万年動いていない森——タマンヌガラが示す時間の尺度
マレー半島の内陸には、氷河期にも火山にも壊されずに続いてきたとされる熱帯雨林がある。その時間の長さが何を意味するのかを読み解く。
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日本列島が今の形になったのは、地質学的にはごく最近のことです。数百万年という単位で語られます。
マレー半島の内陸にあるタマンヌガラ(Taman Negara)の森は、1億3000万年ほど途切れずに続いてきたと説明されます。恐竜がまだ地上を歩いていた時代から、この場所は森でした。
何が起きなかったのか
森が長く続くには、壊れなかったという条件が必要です。そしてこの地域では、森を壊す出来事が起きませんでした。
高緯度地域が繰り返し氷河に覆われた時期、赤道近くのこの土地は氷に届かなかった。火山帯からも外れており、大規模な噴火による埋没を免れた。海面変動の影響も、内陸の高地には及びにくかった。
つまりこの森の古さは、何かが起きた結果ではなく、何も起きなかった結果です。歴史のない場所が、いちばん長く残る。
時間が生物多様性を作る
生態学的に見ると、この継続性には意味があります。
生物の種が分化するには時間がかかります。ある集団が地理的に分断され、別々の環境に適応し、やがて交配できなくなるまでに、数万年から数百万年という単位が必要です。
環境が繰り返しリセットされる場所では、この過程が途中で止まります。氷河が来れば生物は移動を強いられ、蓄積された分化が失われる。
分断も絶滅も起きなかった場所では、分化が積み上がり続けます。結果として、単位面積あたりの種数が非常に多くなる。
熱帯雨林の生物多様性がしばしば強調されるのは、この時間の蓄積があるからです。豊かさは、暖かさや雨量だけでなく、中断されなかった時間の量に由来しています。
三次元の森
実際に森に入ると、まず植生の高さに驚きます。
樹木は高く伸び、その上部で枝葉が重なって天蓋(キャノピー)を作ります。地表に届く光は限られ、林床は薄暗い。この構造のせいで、生物の分布が高さ方向に階層化されます。
樹冠にいる動物と、中層にいる動物と、地表にいる動物が、それぞれ別の生態系を構成している。同じ森でありながら、高さによって別の世界が積み重なっている。
タマンヌガラには、樹冠を渡る吊り橋の遊歩道が設けられており、この上層の世界を歩いて体験できるようになっています。地上からでは絶対に見えない層に入るための装置です。
何が見えて、何が見えないか
野生動物を期待して行くと、たぶん少しがっかりします。
熱帯雨林の動物は、見つけにくい。植生が密で見通しが利かず、多くの種が夜行性か、樹上性です。ゾウやトラといった大型動物が生息するとされていても、遭遇する確率は高くありません。
代わりに、圧倒的に存在感があるのは音です。虫の声、鳥の声、風で樹冠が揺れる音。夜になると、種類も音量も変わります。
そして匂いです。湿った土、腐葉、樹木の樹脂。都市では嗅ぐことのない、密度の高い有機物の匂いが充満しています。
視覚以外の感覚で、森の情報量を受け取ることになる。これは日本の森歩きとはかなり違う体験です。
訪ねるときの実務
在住者として行くなら、いくつか準備しておくと快適さが変わります。熱帯雨林の近くで暮らすときの装備の考え方と、基本は同じです。
服装は、長袖と長ズボン。虫と、植物による擦り傷の両方から身を守るためです。速乾性のある素材が向いています。綿のTシャツは汗を吸ったまま乾かず、一日中重いままになります。
靴は、グリップの効くもの。地面は湿っていて滑りやすく、雨の後は特にそうです。
ヒル対策を検討する価値があります。熱帯雨林の湿った林床には陸生のヒルがいることがあり、靴下の上から侵入します。専用の靴下や、忌避剤を使う人もいます。
そして水。湿度が高く、思っている以上に発汗します。そして午後の雷雨はここでも日課です。開けた場所や高い木の下は避け、兆候が見えたら早めに屋根の下に入る。トレッキングの予定は、午前中に寄せておくほうが安全です。
現地までのアクセス、宿泊、ガイドの手配、入園に関する手続きは、時期や施設によって変わります。計画するときは、その時点の公式情報を確認してください。
保護と利用のあいだ
この森が今も残っている理由の一部は、国立公園として保護されてきたことにあります。一方で、マレーシアの熱帯雨林全体は、農園開発や伐採による減少を経験してきました。
パーム油をはじめとする農園への転換は、この国の経済を支えてきた一方、森林面積の減少をもたらしてきた。保護区の外では、この圧力が続いています。
この対比は、車で移動すると体感として入ってきます。同じ樹が、同じ間隔で、地平線まで並ぶ区間を数十分走り、その先に保護区の森が現れる。片方は人が一斉に植えたもので、片方は1億年かけて積み上がったものです。統計で「農園面積」を読むのと、窓の外を通り過ぎるのとでは、頭に残るものが違う。
観光が保護に貢献するという議論もあります。森が経済的な価値を生むなら、伐採よりも残すほうが合理的になる。ただし、観光そのものが環境負荷を伴うという指摘も同時にあり、単純な話ではありません。
尺度が変わる
森の中に立って、この植生が1億年以上続いてきたと考えると、時間の感覚が少しおかしくなります。
人類が農耕を始めてから1万年ほど。文字が生まれてから5千年ほど。この森の年齢に比べれば、人間の歴史の全部が最後の一瞬に収まります。
そして、その一瞬のあいだに、人間はこの種の森を世界中でかなり減らしました。1億年かけて作られたものが、数十年で書き換わり得るという事実は、どんな数字よりも生々しい。
森の中で聞こえる音の密度は、その時間の蓄積が今も動いている証拠です。都市から3時間ほどの距離に、そういう場所が残っている。それ自体が、かなり特殊な状況だと思います。