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経済・社会

シンガポールで「親の世代」と「自分の世代」の差が広がっている理由——住宅と資産格差の構造

シンガポールでHDBを1970〜90年代に買った世代と、今の若者世代では住宅資産に数千万円規模の格差が生じている。その構造とミレニアル世代のリアルな不満を読む。

2026-04-13
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この記事の日本円換算は、1SGD≒115円で計算しています(2026年4月時点)。為替は変動するので、現地通貨(SGD)の金額を基準にしてください。

シンガポール人の友人(30代)がある日こう言った。「うちの親は1985年にHDBを10万ドルで買った。今は100万ドルで売れる。でも俺たちが今同じHDBを買おうとすると、最低70万ドルはかかる。同じ制度なのに、まったく違うゲームをさせられている感じがする」。

統計ではなく、この感覚を出発点に考えると、シンガポールの「住宅と世代間格差」の問題が見えてくる。


数字で確認する格差の実態

シンガポールのHDB(公営住宅)の平均転売価格は、2024年に過去最高水準を更新した。Housing & Development Board(HDB)の統計によれば、2024年のHDB転売価格指数は2019年比で約50〜60%上昇している。

時期Queenstown周辺4室HDB中央値(参考)
1985年頃SGD7万〜12万
2000年頃SGD20万〜30万
2024年SGD70万〜120万以上

1980〜90年代に親世代がHDBを購入した場合、CPF(中央積立基金)の積み立てを使って低いローンで取得し、今や市場価値が当時の5〜10倍になっている。その資産は将来的に子どもに相続されるか、転売益として家族全体の資本になる。

親がHDBを持っていない世帯——移民第一世代や賃貸生活を続けてきた家庭——では、この資産圧縮の恩恵が生じない。


BTO(新規HDB)という制度の現実

新婚カップルや若い世帯がHDBを新規購入する場合、Build-To-Order(BTO)というくじ引き方式に応募する。2〜5年待ちが標準で、人気エリアでは競争率が高く落選を繰り返すケースもある。

BTO価格はHDB転売価格より割安に設定されているが、それでも4室タイプで成熟エリアならSGD50万〜70万(約5,750万〜8,050万円)、プライムロケーション(プライムHDB制度)なら補助金と引き換えに転売制限もかかる。

35歳以下の独身者がBTOに申し込めるようになったのは2022年以降の制度変更によるもの。それ以前は独身者が新規HDBを取得する手段はほぼなかった。


「親の家に住む」という選択肢の経済合理性

シンガポールでは成人後も親と同居するケースが多いが、文化的理由だけではない。

親の家に住む経済合理性:

  • 賃貸相場(コンド1BR:SGD3,000〜5,000/月 ≒ 約34.5万〜57.5万円)を支払わずに済む
  • その分を投資・貯蓄に回せる
  • 親世代のHDB(既に住宅ローン完済済み)に住むコストはほぼゼロ

結果として、HDBを親世代が持つ家庭の子どもは、賃貸負担がないまま資産形成できる。持たない家庭の子どもは、高額な賃貸か割高な転売HDBへの投資を強いられる。

同じ所得、同じ学歴でも、「親がHDBを持っているかどうか」でキャリア初期の資産形成速度が大きく変わる。


政府の対応と限界

シンガポール政府はこの問題を認識しており、補助金制度の拡充やプライムHDB(高価格エリアのHDBに転売制限を付けて低価格で提供)といった対策を打っている。

ただし、市場原理と公営住宅の矛盾は根本的に解消されていない。HDBが「資産」として機能する(転売益が出る)ことがシンガポール国民に住宅への動機を与えてきた一方、その資産性が次世代の取得コストを上げている。

「資産であること」と「だれでも手が届くこと」は、ある時点から両立しなくなる。


日本人駐在員・移住者への影響

シンガポールに赴任・移住する日本人は外国人として中古HDB購入が原則できない(外国人が購入可能なHDBは限定的)。現実的な選択肢はコンドミニアム購入か賃貸だ。

日本人コミュニティでは、シンガポールで長期的に不動産を持つ層と、あくまで賃貸で過ごす層の二極化が進んでいる。前者は外国人向けコンドや商業不動産への投資を視野に入れるケースが多く、後者はシンガポールを「通過点」と位置づけている。

シンガポール社会の住宅格差の議論は、在住者として長く住むなら「自分の話」として理解しておく価値がある。


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