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文化・社会構造の分析

高さ20センチの青いプラスチック椅子——ベトナムの街を成立させている規格の話

ベトナムの路上に並ぶ低いプラスチック椅子は、店舗ではない場所を一瞬で店舗に変える装置になっている。積み重なる規格品が都市の柔軟性を生む仕組みを考える。

2026-09-15
都市屋台デザインベトナム

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ベトナムの路上でお茶を飲むとき、座らされるのは膝が胸の近くまで来るような低い椅子です。高さは20センチほど。色はたいてい青か赤。同じ形のものが、ハノイでもホーチミンでも、フエでもカントーでも並んでいます。座面には成型時の型番が浮き出ていて、脚の内側には積み重ねたときに噛み合うための段がついている。

この椅子は、ベトナムの都市を成立させている最小単位の部品です。

椅子が店を作る

歩道の一角に、椅子を10脚置く。小さな鍋と、ポットと、グラスを置く。それだけで店が成立します。看板も要らないし、内装も要らない。

つまり、この椅子は「ここは店です」という宣言そのものです。置かれた瞬間に空間の用途が変わり、片付けた瞬間に元の歩道に戻る。可逆的な都市機能の切り替えスイッチとして働いています。

同じ場所が、朝は麺屋になり、昼は駐輪場になり、夜はビールの店になる。この多重利用を可能にしているのが、軽くて積めて安い椅子です。建築が担うべき用途の指定を、家具が肩代わりしている。

ベトナムの歩道が居間のように使われているのは、この可逆性があるからです。固定の設備で場所を占有すれば用途は一つに決まりますが、椅子なら一日に何度でも上書きできる。

なぜ低いのか

理由は複数考えられます。低い椅子は重心が下がるので、平らでない路面でも安定する。積み重ねたときに高さが抑えられる。持ち運びが軽い。そして単純に、材料が少なくて済むぶん安い。

もう一つは、地面に近い姿勢がベトナムの生活動作と合っていること。しゃがむ姿勢が日常にあり、床に近い高さでの食事や作業が違和感なく受け入れられている。椅子の高さは、その身体感覚の延長線上にあります。

日本の居酒屋のカウンターがおおむね同じ高さに収束しているのと同じで、ある社会が長く使う家具の寸法には、その社会の姿勢が刻まれます。

規格品であることの効果

この椅子が同じ形で全国に流通していることには、見過ごせない意味があります。

規格が揃っていると、積み重ねの互換性が生まれる。他人の店の椅子を借りて客が増えた分をしのぐ、といったことが可能になる。壊れたら同じものを一脚だけ買い足せる。廃棄も転売も容易です。

コンテナ物流が世界貿易を変えたのは、箱の寸法が統一されたからでした。船と港とトラックが同じ規格を共有した瞬間に、積み替えのコストが劇的に下がった。スケールはまるで違いますが、ベトナムの路上経済で椅子が果たしている役割は、それに近い。

撤去と復帰の速度

歩道の商売は、行政の取り締まりの対象になることがあります。歩道は本来通行のための空間であり、占用には規制がある。取り締まりの前には、たいてい先に情報が回ります。街頭スピーカーからの告知で知る場合もあれば、隣の店から声がかかる場合もある。

その取り締まりに対して、椅子は最も有利な資産です。合図があれば数十秒で全部積み上げて店の奥に引っ込められる。取り締まりが去れば、また数十秒で元に戻る。

これは商売の側が規制と共存するために選び取った形態だと読むこともできます。固定的な設備に投資すれば撤去のリスクが高い。可搬な設備に絞れば、リスクは低くなるが規模も大きくできない。その均衡点に、この椅子がある。

制度と実態が正面から衝突せずに折り合っているとき、その折り合いはしばしば物のデザインに現れます。

在住者としての付き合い方

慣れないうちは、この椅子に座って長時間過ごすのがきつい。膝と腰に来ます。数十分が限度、という日本人は少なくありません。

現地の人は、片膝を立てたり、足を椅子の上に乗せたり、姿勢を変えながら座っています。同じ姿勢を保とうとするから疲れる、という単純な話でもある。

そしてもう一つ。座る前に椅子の脚が路面の凹凸に噛んでいるか確認したほうがいい。傾いた場所に置かれた椅子は、体重をかけた瞬間に横に滑ることがあります。

一脚から街を読む

安価で、軽くて、積めて、どこでも同じ。この四つの条件が揃った家具が、ベトナムの都市空間の柔軟性を支えています。

歩道が店になり、店が歩道に戻る。その切り替えが一日に何度も起きる街は、固定的な用途地域で組み立てられた都市とは別の論理で動いている。

この椅子に座って出てくるものも、時間帯で入れ替わります。朝の麺と夜の麺がまったく別の種類の麺であることに気づくと、同じ角の同じ椅子で三通りの食事ができるようになります。

次にベトナムで低い椅子に座るとき、腰を落としながら周りを見回してみてください。その一角が数時間前に何だったか、数時間後に何になるか。椅子の数を数えると、だいたい見当がつきます。

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